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南米の日系人、日本のラティーノ日系人

ボリビアのサンタクルスにある日本人移住地の新たな挑戦

ボリビアの地図、サンタクルス県の日本人移住地区

今年(2017年)の5月に、JICA日系社会ボランティアの在外研修の講師としてボリビアのサンタクルスに出張した。この研修は、日本から中南米諸国に派遣されている「日系社会青年・シニアボランティア」を対象にしたものである。研修の一環として、サンタクルス市から138キロ、車で2時間半の距離にあるサンファン移住地と、そこから100キロ南東部にあるオキナワ移住地を訪問し、移住地にある施設の一部を見学させてもらい、各グループに分かれて関係者と懇談する機会を持った。

私のサンタクルス市への訪問は、今回が二度目である。昔馴染みの仲間やJICA横浜国際センターで知り合った多数の元日系研修生たちと再会し、農協関係者や若手の農業経営者から話を聞くことができた。おかげで、今後の移住地の役割と期待、不安と挑戦について、垣間見ることができた。

これらの移住地は戦後移住者によるものであるが、ボリビアの日本人移住史は戦前にさかのぼる。戦前の移民の多くは、ペルーやブラジル等からアマゾン地方(ベニ県やパンド県)やアンデス地方(ラパス県やオルロ県等)に個人的に転住してきた人たちだ。今のように通信や交通手段がなかった時代であるため、互いに連絡し合うこともなく、彼らのほとんどがゴム液採集や鉱山関連の出稼ぎ労働者として生計を立てていた。アマゾン地域に移住した日本人は、ペルーからの越境者が多く、1920年頃には2000名の日本人がいたとされる1。首都ラパス市に落ち着いた日本人もおり、彼らの多くは商業に従事し、1932年から35年の間に行われたパラグアイとの「チャコ戦争」の影響で、一時的に潤ったという。

今回の研修で訪れたサンタクルス市近辺の二つの移住地は、現在ボリビアにとって重要な農牧畜生産の拠点となっている。また、日本国や県からの支援をもって、日本語学校(現在は、日本語も教える現地校となっている)や診療所、会館、道路、農産加工施設などがつくられており、インフラ整備はかなり整っている。

サンファン移住地は、オキナワ出身以外の都道府県出身者が多く、1955年7月に87名が入植し、現在250世帯、800人弱の人口をもつ。面積は、2万7千ヘクタール(270キロ平方メートル)、東京23区の40%に相当する。大豆、稲、マカダミアナッツ、柑橘類等を栽培しており、その他養蜂や養鶏もこの移住地の大きな事業のひとつである。マカダミアナッツは国内で消費する比率が非常に少ないため、収穫のほとんどを海外に輸出している。寿司用の米も生産している。また、国内シェア20%に当たる2500万個の卵を毎月出荷している。

サンファン移住地で栽培されている米、精米後の袋。「寿司用スペシャル」も販売。  

オキナワ移住地は、1954年のうるま移住地からの転住者からはじまった。入植当初は、原因不明の熱病や川の氾濫、不作などによってかなりの日本人がアルゼンチンやブラジルへの転住を余儀なくされたが、その後10年で678世帯、3,229名が入植した。住民のほとんどが沖縄県出身だ。現在は、第1、第2、第3オキナワ移住地があり、人口は千人弱で、ピーク時の三分の一にしか満たない。しかし、47,000ヘクタール(470平方キロメートル)という広大な土地を所有し、様々な作物を生産している。一部の工場では、小麦粉やパスタも製造している。

ボリビア貿易研究所によると、サンタクルス県は、ボリビアの米の83%、トウモロコシの72%、小麦の76%、サトウキビの99%、採油植物の86%、牛肉の30%、鶏肉の45%、卵の65%を生産しており、日本人移住地による貢献度は高い。現在は、二世中心に運営されている農協CAISY2の役割は大きいが、多くの作物や事業は、日本人移住者がはじめたということで、一世の功績と貢献は誰もが認めている3

両移住地の周辺地区は、移住地の発展とともに拡大し、現在は日系人の8倍から10倍の人口が居住している。、移住地の生産活動によって地域全体が栄え、次第に行政区も設置された。随分早い段階から日本の支援によって機械化、工業化を導入しており、JICAの農業専門家の派遣によって土壌改良や作物種子の品質改良にも成功し、生産性が向上した。特にここ10年で大豆等の輸出が増加し、移住地の収入はかなり増加した。

しかし、隣国の穀物大国であるブラジルとアルゼンチンの存在は、ボリビアの農産物市場へ大きな影響を与えており、移住地の生活は国内と隣国の産業・通商政策に左右されることが多い。例えば、移住地で製造しているパスタは、移住地の小麦粉で製造するより、アルゼンチン産の小麦粉を使ったほうが、コストを三分の一まで削減できるという。移住地で精米している質の高い寿司用のコメは、今のボリビア政府の方針では輸出もできない。

保護主義による国内生産と国内市場への供給優先は理解できないわけではないが、結果、健全な競争と輸出促進を妨げ、一部の生活必需品を含む物価の上昇を招いている。一番打撃を受けているは貧困層で4、移住地を含む中規模の農業生産者や競争力の低い製造業や食品加工会社もかなりのダメージを受けているのが実態である。

2006年に誕生した社会主義的な側面を強めたモラレス政権は、国内自給率の向上と貧困の改善という目標をかかげている。2013年までには中国などへの鉱物と穀物の輸出による外貨収入が増加し、ボリビアの貿易収支は黒字化した。しかし、この収入増は第一次産品の国際価格上昇によるもので、生産性向上によるものではないと、専門家は指摘している。中国経済は2014年頃からそれまでの成長の勢いを失い、食糧やエネルギー資源の輸入量が激減した。そのため、ボリビアをはじめ中国への輸出の割合が高い南米諸国に大きな打撃を与えた。2014年以降ボリビアの貿易収支は赤字に転落し5、設備投資に必要な外貨が不足しているのが実情である。ボリビアが対外債務を減らし、国庫準備金高が高いといわれていたのは数年前のことで、2015年の統計によると現在100億ドル(1兆1千億円相当)の赤字である。国内総生産は330億ドル(3兆7千億円相当)で、いかにボリビアの財政状況が悪化しているかを物語っている。当然、低所得者への助成金も減り、インフレによって物価も高騰している。ボリビア政府は、5%前後のインフレ率だと発表しているが、消費者物価指数とともに計算方法を変更したため、独立したシンクタンクはその倍に近いと指摘している。

こうした経済情勢と2019年の大統領選挙にむけた現職のモラレス大統領の再々選問題6は、社会すべてに大きな影響を与えている。日系移住地は、これまで大きな投資をして生産性と生産量をアップしてきたが、今の矛盾した経済・通商政策では輸出することもできないし、限られた国内市場では到底今の生産量さえさばけない状態にある。このままでは、移住地周辺の雇用維持にも影響し、日系経営者たちは事業そのものの縮小を余儀なくされ、投資も回収できない恐れがある。

ただボリビアも、正規の輸出入以外に密輸がかなり大きなシェアを占めており、分野によってはそうした取引が大きな助けになっている。パスタ製造に必要なアルゼンチン産の小麦粉や輸入が規制されている様々な資材や部品が隣国から非合法に入ってくる。いかなる事業も間接的にはこうした闇経済の恩恵を受けており、多少はやむを得ない部分がある。

他方、『El Deber』の経済記事によると7、現在サンタクルス県やベニ県はかなり積極的にブラジルやパラグアイとの経済取引や投資を進めようとしており、ブラジルのポルトベーリョ(ロンドニア州)やマットグロッソ州との貿易と経済統合が増えることが期待されている。そのためには、北部輸出業者協会(Cadexnorte)は、鉄道と河川交通の輸送インフラ整備が重要になると指摘しているが、もしこのような地域統合が進展すれば生産力がある日系移住地にとって大きな輸出チャンスになる。

日本人移住地の経済活動はすでに二世にバトンタッチされつつある。農協や関連企業を運営していく上で、今後は移住地そのものの実態調査を進めながら、必要に応じて使用されていない土地の合併や買収、職種別の株式化、さらには日系人以外の専門スタッフとの契約も必要になるだろう。また、二世は自身の組合や業界団体だけではなく、もっと積極的に全国レベルの輸出入協会や商工会議所等にも参加し、これまで以上に人脈を広く構築し、もっと戦略的なロビー活動を、強化しなくてはならない。

二世代目の日系人は一世の苦労や恩義を尊重するがあまり、ときには不採算部門を抱えすぎてしまう習性がある。これは、ボリビアのニッケイ社会だけではなく他国のニッケイ社会にでも見られる傾向で、特に都市部で商売を営んでいる日系人によくみられるケースである。今のグローバル経済では、油断と先送りは大きな代償を払う羽目になる。常に不作や失敗、予期しないことへの対策を練って事業を進めていく必要がある。

移住地の若者の中には、80年代後半から90年代にかけて日本に出稼ぎに来て以来そのまま日本に在住しているもの、最近になって日本に出稼ぎにきたもの、さらには仕事や勉強のために都市部に転住したものがいる。その一方、移住地に残って親の事業を継いでいるたくましい二世代目もいる。その中には、専門教育を受け、日本で研修を受けたものもいる。親から引き継いだ事業を今後成功させていくには、早急に不使用の土地を他の日系経営者や農協に売るまたは譲渡することで、放置されている土地の生産性を高めていく必要がある。相続等でもめているケースもあるようだが、迅速に対処しなければならない。 

今後ボリビアの政治がどの方向に動くのか、特にモラレス政権後または継続後どのような政策が打ち出されるのかで、移住地の対応も変わっていくだろう。

複雑な情勢を把握するため、若手の日系経営者や農協等の幹部は、勉強会や専門の会合で情報を共有し、問題意識を高め、外との交流を深めて防御策だけではなく新たなビジネスチャンスや投資をアグレッシブに展開せねばならない。

元JICA日系研修員と来日希望者とサンタクルス市内での食事会

注釈:

1. 一般社会法人日本ボリビア協会のサイト 
詳細は、国本伊代「日本人ボリビア移住小史」『アメリカ大陸日系人百科事典』(明石書店、2002年)140ー158頁。

2. CAISY(Cooperativa Agropecuaria Integral San Juan de Yapacaní Ltda.)は、サンファン・デ・ヤパカニー総合農牧畜協同組合のこと。モラレス政権になってから共済組合法が改正され、組合の幹部(理事長及び理事)ポストはすべてボリビア国籍でなければならないとされ、それまで日本人移住者の一世が運営に関わっていた組織はほぼ強制的に二世に移譲された。日系二世にとって大きな挑戦であるが、奮闘しながら前進している。

3. “San Juan de Yapacaní, un pedazo de Japón en Bolivia”, 現地新聞デジタル版 bolivia.com (2015.8.23)

Gabriel Diez L. -Santa Cruz, “Okinawa y San Juan, colonias japonesas que procesan desde fideo hasta chocolate”, 現地新聞 Diario Página Siete, (2016.5.09)

4. これまでは、天然ガスや鉱物資源の輸出による財源で政府はかなりの助成金を低所得者に提供してきた。しかし、この生き過ぎが紛れもなく生産性の減少という弊害を招いている。元々貧困層の比率が高い国であるが、助成金で補ってきた購買力は第一次産品の国際価格低下によって国家財政に影響しつつある。

5. 2004年から14年まで、ボリビアの貿易収支は黒字だったが、15年以降は赤字になり2016年は13億ドル、2017年も同じかそれ以上の赤字になると予測されている。

6. 現憲法では、再々選は不可能である。現ラパス市長や有力自治体の知事がモラレス大統領の2019年大統領選出馬に反対しており、これ以上の憲法改正または拡大解釈で長期政権を維持することは望ましくないと強調している。

El alcalde de La Paz rechaza la reelección de Morales y anuncia un partido nacional”, El Economica América.com (2017.09.24)

El partido de Evo Morales pide anular las normas que impiden su reelección”, El Economica América.com (2017.09.19)

7. “Exportadores participan en Encuentro de Integración Brasil-Bolivia en Rondonia”, El Deber (2017.7.15)

Empresarios y la ABT redescubren otra salida al mar”, El Deber (2017.7.16)

 

主要参考文献

慶応大学地域共同研究センター共同プロジェクト、ボリビア日系協会連合会「第3章:ボリビアの日系社会と日系人」、『アメリカ大陸日系人百科事典』(アケミ・キムラ=ヤノ編、明石書店、2002年)139−163頁

サンファン日本人移住地入植50年史、『拓けゆく友好の架け橋〜汗と涙、喜びと希望の記録』(サンファン日本ボリビア協会、2005年)

ボリビア日本人移住100周年移住史編集委員会、『日本人移住100周年誌〜ボリビアに生きる』(ボリビア日系協会連合会、2000年)

 

© 2017 Albeto J. Matsumoto

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このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。