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日系アメリカ文学を読む

第12回 『きらきら』、『七つの月』

時代は1950年代から60年代、舞台は南部ジョージア州や中央部のアーカンソー州など。そこで日系人の家族がどんなふうに暮らしていたのか、子供たちは自分たちのことをどう思い、周りの人や景色をどう感じていたのか。

日系アメリカ人女性作家、シンシア・カドハタの小説『七つの月』、『きらきら』は、他の日系人作家の作品にはあまり見ることがない世界が描かれている。また、小説のテーマも戦争や収容所にかかわる日系アメリカ人の苦悩やアイデンティティーとは離れている。

日系アメリカ人の歴史のなかでも、あまり語られることがなかった地域の話だ。もちろん、これらはフィクションなのだが、そのベースとなっているのは、著者自身の生い立ちや経験である。

カドハタの父方の両親は移民一世で、カリフォルニアで小作農をしていた。父親は若いころセロリ農場で働き、あまり学校には行っていなかった。その後陸軍に入り、戦時中はMIS(陸軍情報部)に所属した。

母親と母方の祖母は南カリフォルニア生まれで、祖父は孤児だったので出身がわからないという。一家は1930年にハワイに移ったが、のちにふたたび本土に来て、シカゴに住んだ。この両親のもとで、シンシア・カドハタは1956年シカゴで生まれた。

その後父が、当時日本人・日系人が得意としていたヒヨコの雄雌鑑別の仕事につくために、家族ともどもジョージア州に移る。さらに彼女が二歳のときに同じ仕事でアーカンソー州に移動する。

家族そろって車に乗って、仕事を求めて移動するさまは、いかにもアメリカ的であり、幼いカドハタにとっては、目にする光景や人びとが新鮮にうつったようだ。

彼女の最初の小説『七つの月』(講談社、原題:The Floting World 1989年)も、その後に若い読者を対象にした『きらきら』(白水社、原題:Kira-Kra 2004年)も、少女時代の経験をもとに描かれている。

『七つの月』は、オリヴィア・アンという少女が主人公で、両親、三人の弟、祖母と一緒に、旅をし、暮らし、やがて家を離れてカリフォルニアで暮らす彼女の目をとおして、家族とアメリカ社会を映し出す。

『きらきら』の主人公は、リンという少女で、両親と姉、弟とジョージア州の町で暮らしている。尊敬する大好きな姉、かわいい弟、必死に働く父親、それを必死でサポートする母親たちに囲まれ、感じ、考え、リンは成長していく。切なくもさわやかな物語だ。

日系人に対する職業上の差別はもちろん、人種としての差別のある時代、まして日本人の少ない南部、中央部が小説の舞台になっている。

全米の日系人の足跡をまとめた「米國日系人百年史」(新日米新聞社、1961年)によれば、1960年のアーカンソー州の日系人は137人で、「全米での日系人人口の最も希薄な州の一つであったにちがいない」と記されている。同年、ジョージア州では885人の日系人がいたとされ、小説に出てくるように養鶏業やヒヨコの雄雌鑑別を請け負っていた日本人がいた。

『七つの月』の舞台となっているアーカンソー州のギブソンというまちについて、主人公は言う。「ギブソンの町に黒人はひとりもいなかった。白人とひと握りの日本人が住んでいるだけだった。白人の前で、私たちはいつもおとなしくしていた」。

『きらきら』のリンは、「レストランに入ると、みんな、わたしたちをじろじろ見た。看板には、『有色人種はうしろの席へ』というようなことが書いてある。おもて側の席にすわるのは白人だった。わたしたちはどこにすわったらいいかわからなかったので、いつももち帰りにしてもらった」と言う。

南部、中央部の小さな町には日系人の家族は数えるほどだ。彼らは、食文化をはじめ日本の伝統や習慣を少なからず身につけている。日本的な価値観もある。しかし、生活し生きていくのは、ある意味アメリカらしい風土のアメリカであり、そこが彼らの国である。

こうした特殊な位置にいて、主人公の少女は、異邦人ではないが、どこか距離を置いて周りを、そして自分たちを見ている。

『七つの月』の訳者、荒このみがあとがきで、作家のディヴィッド・レ―ヴィッドによるこの作品についてのつぎのような評を紹介している。 

「アメリカへの同化あるいは非同化体験をきわめて独特なオフビート感覚で描いている」

「独特のオフビート感覚」とはまさに言いえて妙で、アメリカ社会と自分たちとのかかわりを真正面からではなく、少しずらして(オフビート=off beat)見つめているのだ。

カドハタの小説には、西部劇の時代に幌馬車で旅をするように、日系人一家が自動車で旅をする様子が細かく描かれている。これも彼女の実体験にもとづくもので、旅のなかでとらえるアメリカや人間というのは、彼女の作品の特徴でもある。

「すばらしい国を旅してまわるが大好きだし、美しい風景やハイウェイも大好き。旅をしてものを見ることで、書くエネルギーを得ているということもある」と、彼女は話している。

(敬称略) 

 

© 2017 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。

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