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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第12回 第四章、傷ついた心のエミと出会う

前向きな姿勢と良心

主人公イチローの友人で、戦場で片脚を失ったケンジにつづいて第四章では、印象的な存在として著者は女性であるエミを登場させる。同じ日系人であり若く魅力的な存在である彼女もまた、心に傷を負っている。

エミは、同じ日系人のラルフと結婚しているが、戦争が終わっても夫のラルフはヨーロッパで軍務についたままアメリカに帰国しようとしなかった。それは、兄のマイクの存在を恥じてのことだった。イチローの弟タローが、アメリカに背を向けた兄の行為を恥じるのと同じ理由からだ。

マイクは、第一次大戦にアメリカ軍に従軍した経験をもつほどアメリカ国民として生きてきた。しかし、日米開戦後のアメリカ政府に対する自分たち日系人への措置に激怒して、一転して反アメリカの立場をとり、収容所に入れられ、最後はなんの馴染みもない日本へ行ってしまった。

同じように、アメリカにいたエミの父親も強制送還を希望して日本へ行ってしまった。イチローの母親同様に、日本が負けるはずがないと信じていたからだった。しかし実際は、日本へ行って後悔し、アメリカでの生活を望んでいるという。

母親が戦争前に他界しているエミは、孤独だった。それでも友人であるケンジのことを思い遣り、ケンジを通じて知り合ったイチローの抱える問題について、自分のことのように考え、そしてイチローを励ますのだった。この点は、著者がエミを前向きな存在として登場させ、著者自身の考えを表出させているのではないかとも思える。


永遠に許されることはないのか

四章の流れを追ってみよう。ケンジと再会したイチローは、連れ立って日系人の集まる賭け事のできるバーに行く。そこで退役軍人である日系人のブルに会い、嫌な目にあうほか、ノーノー・ボーイをあざ笑う声を聞く。

小説に登場するシアトル・キングストリート

ただでさえ問題を抱えるイチローは、酒を飲み続け酔う。そこに弟タローが現れて“顔を貸せ”という。表にでるとそこでイチローは、タローの仲間の若い日系人に襲われる。ケンジに救われたイチローは、タローのことが許せないのと同時に、改めて自分が戦中に犯したことについて激しく問う。

「おまえはただおれより運がよかっただけだ。戦争の間は若すぎて銃を持てなかったんだ。おまえは年齢とか体が悪いとかお金やコネなんかを理由にたまたま徴兵されなくてすんだ何千人と同じで運がいいんだ。もし徴兵されるようなことがあったらおれと同じように答えていたかもしれないんだぞ。

(中略)

おれには罪はない。しかしおまえはおれを責める。そのためおれはお前を憎み、そしておまえが軍隊に入って、出て来てアメリカの街をいつもそしていつまでもわがもの顔で歩くのを見たらもっと憎むだろう。おれは間違いを犯した。心のなかに苦しみが悶々と溢れているからわかるのだ。おれはそれで苦しんできたが、これからももっと苦しむだろう。さらに苦しみと後悔の果てに、やり直せる機会ももらえないというのか。……」

イチローは過ちを犯したと考えている。だから服役した。それなのになぜ自分は他のアメリカ人と同じだという確信がもてないのかと苦しむ。あとどんな代償をはらえばいいのかと自問する。


大きな心を持って国を赦して

バーを出てからケンジに連れられ、イチローは郊外でひとり暮らすエミの家を訪れる。初めて会った二人は意気が会い、いまは連絡もない夫と似ているイチローに好感を抱くエミは、ケンジの不思議な計らいで、イチローと一夜を共にすることになる。

イチローの置かれた状況を知らされたエミは、自分を責め続け殻にこもろうとするイチローに対して、必死に立ち直らせようと言葉をかける。悩むイチローの言葉が複雑なのに対して、著者がエミに語らせる言葉は実にストレートだ。それは、アメリカという国に対する信頼であり、温かい理解を表わしている。

「……この国は大きな心を持った大きな国よ。ここにはあらゆる種類の人たちの居場所があるわ。たぶんあなたがしたことであなたは、いい人たちのなかには入れないないでしょう。でもあなたは最悪の人間のなかにいるわけでもないわ」

「……どこかほかの国だったら、あなたは自分がしたことのせいで銃殺になってたわ。でもこの国は違う。国があなたを疑ったとき国は間違ったの。あなたがしたことは、国にさせられたのよ。それは国の間違いよ。だから国は間違いを認めて、あなたを自由にしたんじゃない。できるならやってみて。国と同じくらい大きくなって国を許して、感謝して、そして国の強さだけじゃなくて、弱さにも見合ったアメリカ人になれることを証明して」

こう言ってエミは、アメリカ国家歌って高揚したときのことを想像してみることをイチローに勧める。そしてこう締めくくる。

「……そこであなたはきっと理解するわ。あなたの犯した間違いが、国が犯した間違いほど大きくはないっていうことを」

一夜が明けて、イチローとケンジはエミの家を去ってポートランドへ行く。復員兵病院へケンジは入院することになっていた。エミはケンジの容態が思わしくなく、これが最後の別れになることを予感する。別れのとき、きれいなワンピースに着替えてきたエミにケンジが言う。

「ありがとう、黒い服じゃなくて。きれいだよ」

去っていく車をずっと見送っていたエミは泣いていた。

(翻訳は筆者による)

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© 2016 Ryusuke Kawai

John Okada literature No-No Boy (book)

このシリーズについて

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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