ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2016/11/23/pensiones/

南米の年金状況と日本の南米就労者の年金問題

年金

近年、外国人相談窓口では年金や介護、老後に関する相談が増えているという。2015年12月現在、南米出身の在留外国人は23万人で、そのうちブラジル人が17万人、ペルー人が4万7,000人、ボリビア人が5,400人、アルゼンチン人が2,600人等々である。年齢別にみると60歳以上の割合は全体の10%かそれ以下なので、今すぐに南米出身者の多くが年金の受給や介護に直面するわけではない。ただ、南米からの新規入国者はほとんどいないことで、一部の世帯は本国に残してきた年老いた両親を呼び寄せているため、年金を受給できるのかまたできる場合その金額はいくらになるのかといった問題だけでなく、老老介護問題など今後多くの課題に直面することが予測される。

日本に定住している南米出身者は、四半世紀前は20代から30代前半がほとんどだったが、今や彼らも40代、50代になっている1。本国で仕事をしていた際どれぐらいの期間年金に加入していたかは定かではないが、公務員として掛けていたとしても年金受給資格を得ている在日ペルー人はほとんどいないと推測できる。80年代のペルーは、ハイパーインフレや高失業率、テロ等の問題があったため、多くの日系人は主に1990年の入管法改正後に日本への出稼ぎを選択したのである。

今回は、南米と日本の年金制度や加入率などを比べることで、在日の南米就労者の抱える年金問題について考えてみたい。


中南米諸国における年金加入率

数年前にOECD(経済開発機構)、世界銀行、IDB米州開発銀行が共同で出版した「中南米諸国の年金状況2014年」という報告書によると2、南米地域の年金制度は運営上の不備が多く、ここ10数年の経済繁栄にも関わらず、年金を掛けている労働者は全体の45%しかいないという。これは平均加入率であるが、国によってはかなりの違いがある。ブラジル、アルゼンチン、チリ、コスタリカは50%から70%で、コロンビアやメキシコは30%から40%、そして中米諸国やペルー、ボリビア、パラグアイは20%以下である。

教育水準や性別、給与額、事業形態によって、加入率に大きな違いがみられる。学歴と収入がともに高く、バリバリ大企業で働いている男性の年金加入率が最も高い。給与所得者100人のうち64人が年金を掛けているが、自営業の個人事業主だけでみると17人しかいない。大企業で働く人の加入率は71%だが、中規模では51%、そして小規模では24%に留まっている。小規模の会社で働き、スキルが低く給与も低い場合は、多くの自営業者と同様に老後はかなり厳しい状況になる。

もちろん、タクシードライバーや左官、配管工であっても、堅実な職人はコツコツ資金を貯めてマイホームを建て、中には老後用のマンションを購入してその賃貸収入を年金代わりにするケースもある。このような人々は、比較的経済規模が大きいか格差があまりひどくない国(アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、ブラジルの南部と南西部等)の中産階級であることが多い。南米では、あまり信頼できない国の財政より自分自身で老後の防御策を講じることはさほど珍しくない。

今懸念されているのは、近年誕生した「新ミドルクラス(中産階級)」である。その多くは正規の仕事に就いたことで年金の保険料を納めるようになった。しかしブラジルの中産階級を見ると、3年前から続いている経済低迷で職を失い、収入も下がり、貧困層に戻ってしまった人が増えており、年金加入率も下がってきている。


福祉年金

2000年以降南米の多くの国々では、第一次産品の輸出が拡大したことで、財政的な余裕ができ、高齢者支援のための「福祉年金3」の支給が普及された。これにより、年金の受給資格がない人でも一定額の年金をもらえるようになった。例えば、アルゼンチンには、通称「主婦年金4」という制度がある。これは、一般の年金受給の資格がない60歳以上の女性、65歳上の男性が申請できる特別な福祉年金である。支給率は最低賃金に相当する額でしかないが、一定期間は毎月の年金保険料が控除され、高齢者医療の各給付(診察、治療、入院、薬がほぼ無償である)が受けられる。男女問わずすべての無年金者を救済する措置になっており、大いに歓迎されている社会政策である。実際、アルゼンチンにおける65歳以上への福祉年金の支給はここ数年飛躍的に増えている。

しかし、どの国にもこのような福祉年金があるわけではない。パラグアイやペルーでは制度上まだ例外でしか認められておらず、中米やカリブ諸国ではほぼ皆無である。中南米でも福祉年金が充実している国は、ベネズエラ、ボリビア、アルゼンチンである。国によって支給要件や金額は異なるが、支給基準があまり厳格ではない。石油や穀物で財政が潤っていた時期にかなり大盤振る舞いをしたため、二重に受給(年金と他の助成金を受給)していたり、まったく必要でないのに支払われているケースも多々あると、地元メディアは報じている。


年金の財源確保

福祉年金を含めた社会保障制度を充実させていくには、国家の財政基盤を整えなければならない。一時的に財政が改善された国もあるが、ここ数年はやはり社会保障制度の財政基盤が弱まっており、今後どのように年金制度の財源を維持していくかが各国の重要課題となっている。

年金制度を維持していくには、これらの制度に加入できる正規雇用をもっと増やす必要がある。しかし、都市部に集中している若年労働者の半分かそれ以上は非正規かブラック市場で働いているため、まずはその対応策が必要となる。企業と労働者から税と社会保険料を徴収できるようにしなければならない。

また、南米の特殊出生率は徐々に低下しており、2015-20年の中南米平均数値は2.29の予定で、2030年には2ポイントを割り、女性一人当たりの出生者数も更に減っていくと推計されている。25年後には、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、チリ、コスタリカ等比較的発展している国々は1.8以下になると推計されており、日本と同じように少子高齢化問題に直面することになる。

このことと平行して各国の平均寿命は、現在の73歳から78歳にまで延びる可能性がある。国や地域によって違いはあるが、乳児死亡率の低下と医療サービスの拡充によって生活水準が上がり、長生きする人が増えるといわれている。これは、いずれ年金を納める現役の労働者が減り、これまでもっと長い期間年金を受給する者が増えるということである。今後、少子高齢化社会になることを仮定し、財源をどこから確保するかも各国の課題になるであろう。


日系就労者の年金事情

日本在住の日系就労者の場合、当初はいずれ帰国するという理由で年金の掛け金が含まれている社会保険への加入を拒み、雇用主の脱法行為を助長してしまった。また、加入していたとしても、外国人だけに適用する「年金脱退一時金5」を申請して、それまで納めた一部の年金を返金してもらい、結局今は年金受給の要件を満たしていないという人が多い。

ようやく最近になって、日系就労者たちも年金に感心をもつようになった。当局の指導や規制強化もあり、派遣会社でも就労者への加入手続きを行うようになった。受給資格を得るのに必要な25年間の加入期間を満たせる人が非常に少ないことが問題となっていたが、2016年7月末の政府の経済対策に受給資格を10年に短縮することが盛り込まれた。2017年から実施予定となっており6、外国人労働者の多くも65歳から日本の年金を掛けた期間に沿って受給できるようになる。

進学セミナーには親御さんが多く参加するが、雑談では限りなく年金問題の話が出る。

自営業や主婦等が主に加入している国民年金の場合、40年間保険料を納めると満額の年間78万円が支給され、給与所得者が加入する厚生年金の場合、所得に比例して受給できるので受給額はかなり増える。また、国民年金と厚生年金は合算して受給することができるので、加入期間が長いほど年金額が増えていく7

しかし、年金に加入すると、賃金から毎月15%ぐらい天引きされる。内訳として、最も大きなのが厚生年金の保険料で、給与の8.914%である(掛け金の全額は、現時点で給与の17.828%で、雇用主と労働者とが折半して納めることになっている。この比率は定期的に調整され、法によってその増額も定められている)。労災保険料は、全額企業側が負担することになっているが、医療保障の健康保険料5%と雇用保険(失業)料の0.4%(雇用主は、0.7%負担)がさらに天引きされる。手取りを重視する外国人はいつも不満を漏らしてきた。 

しかし、よく調べてみると、制度や仕組みに違いがあるものの、南米諸国の方が負担率が高く、給付額も日本の額には到底及ばない。ペルーの制度では、年金受給年齢が65歳で、加入期間は20年である。国が運営している年金制度の場合は、給与から引かれる年金加入料は13%で、民間のは10%である(ペルーやチリでは、給与所得者は国営か民営の年金運営機関を選択できる)。労働者負担は数パーセントではあるが、その他にも医療保険や労働災害保険料などが差し引かれる。中南米のほとんどの国では雇用主の負担がかなり高く、支払う給与の25%から30%にも及ぶ。ブラジルの場合、30年間加入しないと、受給資格が得られない。

日本の社会保障制度にもいろいろな課題はあるが、制度としては世界的にみても受益者負担の原則からみてもかなり充実しており、南米諸国のとは比較にならないほどリーズナブルな給付額である。保険料だけで補えられない部分は国が負担しているからである。今後は、高齢者医療に関する財源の議論がメインになるであろう。

日本で働き生活している日系就労者にとって、やはり日本の社会保険に加入して雇用主とともにその保険料を払うことはメリットの方が多い。そしてそれが最大の老後対策になると考えることができる。

注釈:

1. 入管統計の「国籍別年齢・男女別在留外国人」のデーターを見ると現在在留しているペルー人やブラジル人の半数以上は30代後半、40代、50代であり、40代の半ばがかなり多い。

2. OCDE, Banco Mundial y BID 2014, “Panorama de las Pensiones:América Latina y el Caribe.” OECDE, 世界銀行、IDB米州開発銀行発行、「中南米諸国の年金状況2014年」

3. 様々な事情で年金を受けられない人を救済するために設けられた制度のこと。南米諸国ではここ10数年の間に鉱物資源や穀物等の輸出によって財政が大幅に改善したため、多くの政府はこの制度を拡充した。年金保険料の納付が皆無であった人に対しても一定額の年金が支給されるようになった。しかし、ブラジル、ボリビア、ベネズエラ等ではいきすぎた支援策だと批判的な声もあり、各国の財政圧迫の原因にもなっている。日本でも、国民年金が発足した1961年に老齢福祉年金が設けられた。これは、その当時高齢などを理由に国民年金を受給できない人を救済するために設けられた制度である(現在では年間398,000円が支給される)。

4. 一種の福祉年金。2016年現在の最低賃金が7,000ペソ(460ドル相当で、日本円では46,000円になる)で、主婦年金も同額受給できる。加入及び受給要件が免除されたことで、5年間は毎月一定額(20%相当)が保険料として控除される。さらに高齢者医療保険に加入できるので、ほとんどの検査や処置は無償で受けられる仕組みになっている。外国籍であっても、定住している場合は同じ権利を有することができる。

5. この手続は本国に戻ってから申請することができる。一度一時金を受け取ると、日本における年金の受給資格を失い、もしその後また日本に就労することになった場合はゼロから年金の保険料を納めなければならない。年金機構のサイトには、多言語でその手続き情報を提供している:
短期在留外国人の脱退一時金

6. 「低所得者、無年金者、学生が恩恵も、実効性には疑問の声」産経ニュース、2016.08.02  

7. 日本の年金機構年金ネットにログインすると、「年金記録照会」や「年金見込額資産」を知ることが出来る。 

 

© 2016 Alberto J. Matsumoto

中南米 在日日系人 年金 日本
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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