ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/2/11/vancouver-asahi/

我らが朝日軍の話を日本映画にすると… 今の日本人に知らしめる意味で貴重

サンフランシスコ・ジャイアンツのトラヴィス・タカシ・イシカワ選手の「お祖父さんが戦時中収容されていたから、僕も絶対ギブアップしない」という最近の発言は恐らく多くの日系北米人の共感を呼んだことだろう。何しろ対セントルイス・カージナルズ戦の9回裏サヨナラ・ホームランをかっ飛ばしてジャイアンツのワールド・シリーズ進出の立役者となった際のコメントだ。

17年前シンガポールから当地に移住したばかりの頃、4世の青年たちから、第2次世界大戦中に北米西海岸も日系人たちが強制収容された事実を、親たちから知らされず高校の歴史の授業で初めて知ったと聞いた。人種差別の犠牲者だったにもかかわらず、未だ<恥>を忍んでいたのだろうか。だからこそ、一旦マイナーリーグに落ちてから努力を重ねて先発レフトの位置を勝ち取った4世のイシカワが「ギブアップしない」とお祖父さんの<がまん>と<がんばり>の精神を思い起こすのは、今日の日系北米人が、また今どきの日本の若者たちも見習いたい態度ではないか。

去る10月、かつて朝日軍が本拠地としたオッペンハイマー公園にも程近い会場で開催された第33回バンクーバー国際映画祭でワールドプレミアを見た石井裕也監督の映画「バンクーバーの朝日」は、監督と主演人気スターの妻夫木聡と亀梨和也の参加もあり、コミカルなバント練習の場面では大笑いが巻き起こるなど、若い女性が目立った約1800人の観客の反応は概ね好評だった。また戦前の日本人町で質素な家に住み妻子、両親などを養うため白人よりも低い賃金で連日肉体労働に精を出していた人々の<がまん>と<しかたがない>という心境がうまく捉えられていると思った。ちなみに、ある2世の友人によると、当時すでにキツィラノ地区やマウントプレザント地区などで白人と概ね同等の生活様式を享受していた日系人もかなりいたそうだ。

事実に基づくフィクションだからかなり自由に創作されている。実際に朝日軍チームがセミプロ・リーグで健闘するようになるまでにかかった数十年の年月を、戦争勃発前の一年くらいに凝縮しているし、2世の若者たちの日常会話が日本語だったり、彼らがあたかも自主的にチームを結成したように描かれている。だが特筆すべきは、人気スター主演のこともあり、朝日軍の存在と日系人社会にとり、また一部のカナダ人にとってもチームの存在がいかに貴重だったかを、より多くの日本の人々に知ってもらえる事だ。

ご覧になった皆さん夫々色んなご感想をおもちだろう。フィクションは良しとしても、私見として幾つか挙げたい点がある。

野球ファンを自覚してかれこれ50年は経つ当方だが、体格と腕力に優る白人チームに対して有効なバント戦法を偶然に発見するくだりには、頭を傾げざるをえない。よけたバットにたまたま当たった球が3塁線にコロコロと転がり、打者が一塁セーフになる場面だ。調べてみるとバント戦法は1920年頃すでに常用されていた。また青年たちが投球を想定してヒョイヒョイとバントの格好して練習する場面があったが、あれじゃダメだ。野球は長く太平洋両側の人々に愛され続けてきたスポーツ、通の人も少なくないから技術面をおろそかにしてはイカン。予算面もあっただろうがストーリーラインに肝心なバント戦法だけは、手間がかかっても実際に投手が投げた生きた球の勢いを殺して前に転がす本格的なバント練習を見せてほしかった。

また歴史的事実として朝日軍の数十年にわたる形成の過程で、各小・中(高校)学校にチームを設けて、育成した優秀な選手を中心に朝日軍を組んだ先駆者たる監督の存在は、若い主人公たちに焦点を当てた都合、ほとんど割愛せねばならなかったのだろう。

観客の年配日系人の皆さんの中で、英語で会話したはずの2世の朝日軍選手が日本語で話すのがおかしいという意見もあったが、主に日本の観衆を対象とした作品なので、この方が英語の台詞に日本語の字幕とするよりも分かりやすいという配慮もあったのだろう。

朝日軍の歴史は、19世紀末まで遡る日系カナダ人の集団的体験に欠かせない一部分だ。この映画のお陰でバンクーバーに対する興味が誘発され日本からの観光客が増えるようなことは?あの公園が(コミュニティ・スペースに必要な水準に維持されているとして)観光名所として発展するだろうか。恐らく甘すぎる期待だろうが商売は別として、この作品が今の日本人の意識に何らかのインパクトがあるよう念じるばかりである。

 

* 本稿は、げっぽう The Bulletin: A Journal of Japanese Canadian Community, History + Culture(2014年12月19日に掲載)からの転載です。

 

© 2014 Masaki Watanabe; The Bulletin

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執筆者について

東京生まれ。特派員の父と家族で英、伊生活を経験。東京で大卒後、ロンドンのロイター通信に就職。ローマ、ワシントン、パリ支局勤務後、フリーランサーに。サンフランシスコと東京勤務後、シンガポールに移住。英字紙、シンガポール経済開発庁広報部、航空会社機内誌編集を歴任。1997年にシンガポール人の妻、2児と共にカナダ・バンクーバーに移住。

(2015年2月 更新)

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