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ボランティアの声:全米日系人博物館を支える人々

マサコ・イワワキ・ムラカミさん

マサコ・イワワキ・ムラカミさんは、戦時中の収容所生活の苦労話などを両親からほとんど聞かされていなかった。日本軍による真珠湾攻撃によってもたらされたさまざまな困難な状況に対して両親は、子どもたちが心配しないように、なるべく通常通りの生活を保とうとしていたのを、当時8歳だったマサコさんは知っていた。

最近になってマサコさんは、母親が当時トパーズ収容所にいた友だちに日本語で書いた1945年8月15日付けの手紙を発見した。偶然にも、日本の降伏が公表された日だった。そこには、次のように書かれていた。

「日本が戦争に負けたという噂が、あちこちでささやかれています。皆がいろいろ勝手なことを言っているので、何も信じられない状況です」とある。また、裁縫教室とか、子どもたちの学校のこととか、極めて日常的なことにも触れている。しかし、鉄条網が張り巡らされた中での生活に、日常的も何もあったものではない。

最初にその手紙を読んだ時マサコさんは、厳しい生活環境の中で母親が体験したこととか、感じていたことなど、母親の気持ちが分かるような気がしたという。

アメリカ合衆国に忠誠を誓うかどうかを問われた日本人、日系人のうち、およそ8000人がいわゆる「忠誠登録」の質問のうち、特に質問27番と28番に「ノー、ノー」と答え、不忠誠者を隔離するツールレイク収容所に送られている。マサコさんの父親もノー、ノーと答えたので、アリゾナ州ヒラリバー収容所からツールレイクに家族全員で移転した。

戦後の長い間、人々はツールレイク収容所にいたことを話したがらない傾向があった。「私の両親も相当悩んでいたのだと思いますが、子どもたちが詳しく知ることを望んでいないようでした」そこではよく争いごとや殺人事件もあったが、子どもたちがそのようなことを知るのは稀だった。

「現在では状況が変わってきていると思います。だからこそ、全米日系人博物館のような場所を建てる必要があったんです」とマサコさんは言う。「忠誠登録にノー、ノーと答えた人たちは、誇りに思っています。人権を無視して収容所に入れた政府に反対することを恐れない勇気のある人たちなのです。彼らはけっして悪者ではありません」

マサコさんは、常に人助けをしていた母を高く評価している。そして博物館が1992年にオープンする6年前、駆け出しの団体の最初のボランティアになった。

「博物館の最初の事務所はサードストリートにありました。最初の職員はナンシー・アラキさんです。私たちは一緒に外回りをし、友達や親戚に寄付を募りました」とマサコさんは当時のことを振り返る。「当時はまだ、多くの一世の方々が生きていたんです。だから各家庭から所蔵品を集めることもできました」

以来、マサコさんは、博物館でボランティアを続けている。全米日系人博物館でのボランティア活動を通じて知り合ったボランティア仲間のリチャード・ムラカミさんと1997年に結婚。同博物館始まって初めてのボランティア同士の結婚として皆から祝福された。

ムラカミさんご夫妻 (写真撮影:日刊サン)

両親のおかけで、マサコさんは、収容所時代の苦しかったことよりも、友人たちとキャンプ内でアイススケートをしたり、おしゃべりしながら歩いて図書館に通ったりした時のことや、先生との楽しい思い出など大切にしている。

「真面目に一生懸命に仕事をし、決して見返りを求めない人たちと一緒に働いています」と誇らしげに話してくれた。マサコさんは、母の手紙を博物館へ寄贈することを考えているそうだ。

 

* 本稿は、 日刊サンの金丸智美氏がインタビューをし、そのインタビューを元に、ニットータイヤが出資し、羅府新報が発行した『Voices of the Volunteers: The Building Blocks of the Japanese American National Museum (ボランティアの声:全米日系人博物館を支える人々)』へエレン・エンドウ氏が執筆したものです。また、ディスカバーニッケイへの掲載にあたり、オリジナルの原稿を編集して転載させていただきました。

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© 2015 The Rafu Shimpo

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このシリーズについて

このシリーズでは、ニットータイヤからの資金提供を受け『羅府新報』が出版した冊子「ボランティアの声:全米日系人博物館を支える人々 (Voices of the Volunteers: The Building Blocks of the Japanese American National Museum)」から、全米日系人博物館ボランティアの体験談をご紹介します。

数年前、ニット―タイヤはロサンゼルスの邦字新聞『日刊サン』と共同で全米日系人博物館(JANM)のボランティアをインタビューしました。2014年末、これらのインタビューを小冊子にまとめるべく、ニットータイヤから私たち『羅府新報』に声がかかり、私たちは喜んで引き受けることにしました。JANMインターン経験者の私は、ボランティアの重要性や彼らがいかに献身的に活動しているか、そしてその存在がどれほど日系人の歴史に人間性を与えているか、実感していました。

冊子の編集にあたり、私は体験談ひとつひとつを何度も読み返しました。それは夢に出てくるほどでした。彼らの体験談に夢中になるのは私だけではありません。読んだ人は皆彼らの体験にひきこまれ、その魅力に取りつかれました。これが体験者本人の生の声を聞く醍醐味です。JANMのガイドツアーに参加する来館者が、ボランティアガイドに一気に親近感を抱く感覚と似ています。ボランティアへの親近感がJANMの常設展『コモン・グラウンド』を生き生きとさせるのです。30年間、ボランティアが存在することで日系史は顔の見える歴史であり続けました。その間ボランティアはずっとコミュニティの物語を支えてきました。次は私たちが彼らの物語を支える番です。

以下の皆様の協力を得て、ミア・ナカジ・モニエが編集しました。ご協力いただいた皆様には、ここに厚く御礼申し上げます。(編集者 - クリス・コマイ;日本語編者 - マキ・ヒラノ、タカシ・イシハラ、大西良子;ボランティアリエゾン - リチャード・ムラカミ;インタビュー - 金丸智美 [日刊サン]、アリス・ハマ [日刊サン]、ミア・ナカジ・モニエ)

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