ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/1/26/mexico-ijyu-mondai/

メキシコでメキシコの移民問題を考察 —2014年10月グアダラハラ大学を訪問—

スペイン語圏に関心を持つ学生や社会人が、留学や研修で最も訪れるのがスペインに次いでメキシコである。陽気で明るい国民性や、こってりした味つけの料理やテキーラ(アルコール度が45度から50度もある蒸留酒)でよく知られ、多くの日本人を魅了している。私の教え子も何人かは夏休みに旅行したり、中には卒業後、現地の日系企業に就職した者もいる。

この国は経済的には北アメリカに位置し、しかしスペイン語圏の国としては文化的にも社会的にもやはりラテンアメリカの一員で、りっぱな経済大国である。国内総生産は1兆2千億ドル(1ドル120円で換算すると140兆円相当になる)で、一人当たりの平均所得も1万ドルを超えている(120万円相当)。成長率は他の新興国と同様に現在鈍化しているが、失業率も5%未満で低い水準にある。貿易収支は多少赤字だが、輸出も輸入もほぼ同額の3800億ドル(43兆円相当)で、近年自動車関連の輸出が飛躍的に伸びている。石油の輸出がメインではあるが、工業製品の輸出は金額ベースで全体の3割を超えている。電気・電子部品の輸出も好調である。ただ、輸出の8割がアメリカ市場に向かっているのが特徴だ。そして、こうした輸出産業を維持するために国内であまり生産することなく、アジア諸国から大量に原材料を輸入している。とりわけ中国、日本、韓国からの調達比率が高い。

メキシコも環太平洋パートナーシップ交渉(TPP)に参加しているが、今注目されている太平洋同盟(チリ、コロンビア、ペルー、そしてメキシコで構成している比較的運営が柔軟な自由貿易協定)の創設メンバーでもある。こうした取り組みには日本の関心も高いのだが、既に二国間の経済連携協定EPAは締結済みである(2005年4月から発効)。そうしたこともあって、現在日系企業630社が進出しており約1万人の日本人が企業活動に関わっている(すべて2013年の統計だが、ここ1年ぐらいで進出企業が更に増えている)。

自動車大手メーカー(トヨタ、日産、マツダ、ホンダ)やそれをサポートする部品製造会社、ロジスティックス・サービス会社も多数進出しており、最近はメキシコ中部のグアナファト州やケレタロ州に集中しつつある。私が昨年10月にグアダラハラを訪れた際、その業界に関連して通訳やバイリンガル事務員•技師などの人材不足が話題になっていた。欧米も日本も、近年は単なる安い労働力で製造できる小型•中型セダンやトラック等だけではなく、今後は利益率の高い高級車の製造に的を絞っている。そのためには、様々な専門分野の熟練労働の確保がネックになっている。外資系企業間の人材の奪い合いは以前から指摘されているが、経験と専門性を持つ人材は限られており技術系の不足はメキシコだけではなく中南米全体で大きな悩みの種である。

日本はこのメキシコからはテキーラだけではなく、日本のスーパーでもよく見かけるアボカド、アスパラガス、マンゴー、メロン、ライム、カボチャ、クロマグロ等を輸入しているが、近年は豚肉や牛タンとともに牛肉も入ってきている。

そして、この活発な経済活動とは裏腹に、懸念が増しているのは麻薬組織や犯罪組織の闘争による殺人事件の多発であって、地域によっては治安がかなり悪化していることである。私がグアダラハラに到着する10日前にも、ゲレロ州のイグアラ市で農業師範学校の学生43人がバスで移動中に警察と麻薬組織に襲われ、いまだに彼らは行方不明になっている痛ましい事件が発生した。

それからアメリカを目指して中米諸国や南米北部からやってくる「通過移民」の存在もこの犯罪組織の餌食になっており、未成年者の奴隷化、少女への暴力と売春強要等が国際的にも問題になっている。治安当局もいくつかの管轄に分かれており、不十分な連携と政治や行政の汚職体質が多くの事件を迷宮入りにし、一般犯罪と組織犯罪の区別もつかない状態にある。

また、ブラジルとともにもっとも格差のある社会であり、一部の人や企業グループには富がこれまでになく集中しているという指摘が強い。新興国の中でも指導的な役割を果たせる国だが、合法•非合法を問わずアメリカに移住する者は後を絶たない。実際、米国総人口3億人の一割はメキシコ系移民の者であり(多くは既にアメリカ国籍を取得)、ヒスパニックという集団の67%を占め、世界に散らばっているメキシコ人の四分の一だとされている。近年アメリカへのメキシコ人の不法移民は多少減少しているようだが、それでも他の中米出身者の不法移民は増加傾向にある。

グアダラハラ大学経済・経営学部キャンパス、今回私を招聘してくださったシルビア・ノベロ教授(以前、日本の東京外語大学で教鞭をとっており、数年前東京大学で博士号を取得)。

私は、2014年の10月に中部のグアダラハラ大学の招聘でメキシコを訪れ、移民や社会問題に関係している研究者や大学院生と懇談し、“日本の移民の社会統合政策と南米出身者の定住状況や課題”について”、二回ほど特別講義を行った。

メキシコは、多くの同胞が海外に移住しており、特に隣国アメリカでの存在は数から見ても、農業やサービス部門、加工産業では欠かせない存在で、二世代目以降は行政や政治にも大きな影響力を持つようになっている。他方、密接な経済関係の結果、例えばグアダラハラから北東40キロにあるチャパラ湖近辺にはアメリカ人のリタイヤ村があり、大小の屋敷と分譲マンションが数多く建設され、レストランやホテル、携帯電話会社等はほぼすべて英語で対応している。一昔前はグアダラハラの上流階級の別荘地帯だったらしいのだが、今は数万のアメリカ人が居住しており、多くは一年のほとんどをそこで過ごすようだ。ロサンゼルスまで3時間で行けるし、他の主要都市であるヒューストン、アトランタ、ダラスやニューヨーク等への便も毎日出ているので非常に便利である。2010年のメキシコ国勢調査では、アメリカ人が最も大きなコミュニティーを形成しており、77万人近く、外国人の75%を占めている。

メキシコからのアメリカへの移住は単なる仕事に就けない農民や先住民だけではなく、都市部の中等教育を終えていない若者や大卒者も多いが、年間、他の中米出身者も含めると100万人以上が非合法に越境を試みている(その2割ぐらいは国境で摘発され各出身国に強制送還されている)。しかし長い歴史の中、メキシコ人は今や3千万人というとてつもないマイノリティーになっている。一方、メキシコはフランコ時代のスペイン、カストロのキューバや南米諸国の軍政権から多くの亡命者も受け入れてきたことで、スペイン人が約8万人と2番目の集団で、その他キューバ人やアルゼンチン人、コロンビア人等はそれぞれ1.2万人前後である。

数年前の法改正では、中米諸国からアメリカに移住しようとしている者に対する“通過(トランジット)ビザ”を設けたが、実際問題として同法が求めているアメリカでの労働が確約されている契約書、メキシコ滞在費用の資金等という諸条件をほとんどが満たせない。結果的に、毎年未成年も含む数十万人の中米出身者が、難民のように不法入国する。その結果、犯罪組織の餌食になりメキシコ各地の治安は更に悪化している。アメリカ合衆国はメキシコに対して外国人の滞在管理の強化を求めているが、メキシコは他の中米諸国にもっとしっかりした出入国管理を要求している。広大な国境地帯(北は米国とのが3千キロ以上で、南はグアテマラとのが千キロ弱である)を管理することは両国にとって容易ではなく、法規制を厳しくてもあまり大きな成果を出せていないのが現状である。

グアダラハラ大学が管轄しているイベロアメリカ図書館であり、文系の資料が豊富にある。

今回の学術交流の中での意見交換によると、メキシコ人のアメリカ移住に対する研究報告はたくさんあるという。しかしメキシコ人といっても、どの地域または村の出身であるか、原住民系か都市部のものであるか、男性か女性か、教育水準や年齢等の要素によって移住過程がかなり異なり、大学の図書館や出版会には専門文献も豊富であった。ただ、ここ10年前ぐらいから発生している中米出身者のメキシコを非合法に通過する移住者問題はかなりがマフィア化しているため、そう簡単に調査することもできないという。そうした外国人を支援しているカトリック教会の団体やNGO等の統計や調査は多少見られるが、実態を把握し改善することは難しいようである。法整備や行政の対応も後手に廻っており、警察や国境警備隊の単なる取り締まり強化だけでは部分的にしか解決せず今やその効果も薄いという指摘が多かった。

グアダラハラ大学の南米諸国からの留学生にも聞いたのだが、ビザの取得もその更新もかなり厳しくなっており、無免許運転やちょっとした抗議デモに参加すると即強制送還になる可能性があると言っていた。南米からもメキシコの名門大学(UNAM-メキシコ国立自治大学、Colegio de México-メキシコ大学院等)に留学する希望者も多いので、奨学生が不祥事を起こした場合は制裁も厳しいのである。

いずれにしても今の課題は、主にカリブ(ハイチ、ドミニカ共和国等)や中米諸国(グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル等)の外国人がアメリカを目指してメキシコに不法入国し、その状態で南北2,500キロを通過しようとしていることだが、日本の7倍という200万平方キロメートルという領土内を管理することはあまりにも難しい。複数国の効果的な連携が必要であるが、これらの国の諸制度も不備が多く、そのうえ経済の不均衡や各国内の社会的格差等があまりにも深刻であり有効な対策を施すことは容易ではない。

外国人の社会統合については、外国人居住者は総人口1億2千万人の1%ぐらいであるため、在留資格を規定する移民法以外は特別な政策や措置はないので、日本に移民統合法はないが、国、県、市町村の様々な外国人定住支援プログラムの内容を私が説明した時、研究者たちはかなり驚いていた。メキシコの場合、大多数を占めているアメリカ人は多くがリタイヤ族であるため所得も比較的高くのんびりとチャパラ湖やグアナファト、サンミゲル・デ・アジェンデ等の居住地区で余生を楽しんでいる(こうしたリタイヤ・リゾートには20万人以上の米国人を数える)人たちは、地元行政の支援をあまり必要としない集団である。その他はほとんどがスペイン語圏の者であるため、生活の風習や最低限のルールさえ守れば、あまり問題になることはないという指摘を受けた。

ノベロ教授に、周辺にアメリカ人リタイヤ村があるチャパラ湖を週末に案内してもらった。


参考サイト:

http://www.jetro.go.jp/world/cs_america/mx/

http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303529604579094044237202888

http://mexico.cnn.com/nacional/2012/11/16/la-nueva-ley-de-migracion-pide-requisitos-imposibles-a-migrantes

http://mexico.cnn.com/nacional/2011/10/17/la-deportacion-de-migrantes-criminales-aumenta-la-violencia-dice-calderon

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/07/post-663_1.php

 

© 2015 Alberto J. Matsumoto

不法移住 移住 (immigration) 中南米 メキシコ 移住 (migration) アメリカ合衆国
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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