ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/1/1/oshogatsu-osechi/

お正月イコール母手作りのおせち料理だった

日本では、いわゆる「核家族」で育った。父と母と一人っ子の私。祖父は両方とも私が生まれたときは既に亡くなっており、両方の祖母ともに車で1時間以上離れた所に住んでいた。

日本でのお正月の思い出と言えば、母が作るおせち料理とお雑煮がすべてだった。母は一人で正月料理の準備をしていた。娘の私に手伝わせることはなかった。日本では元旦になった途端、つまり12月31日の深夜12時になると同時に、各地の神社は初詣の人々で賑わう。しかし、両親共に人ごみが嫌いだったためか、私は初詣に連れて行ってもらったことがない。日本人としてはかなりの少数派だと思う。

18歳になると九州の実家を離れて東京の大学に進学した。同時に一人暮らしが始まったが、冬休みを迎えると、私は飛行機で実家に帰省した。私にとってのお正月は、「家で母のおせち料理を食べること」を意味していたからだ。ただし、私は手伝わない。しかも初詣にも行かない。

その行動パターンは、東京の出版社に就職しても変わることはなかった。仕事納めの翌日、私は羽田から飛行機で実家に向かった。当時はバブルのまっただ中、社会人になった私は自由になるお金を手にして、香港だパリだとゴールデンウィークやお盆休みのたびに海外旅行に出掛けたが、正月休みだけは実家に帰った。そうすることが当然だという思い込みに縛られていた。

20代の終わり、私は東京の部屋を引き払い、出版社を辞めてアメリカに渡った。何度か旅行で訪れたロサンゼルスが気に入り、一度住んでみたいと思っていたことを実行に移したのだ。幸運なことに、日本での編集者経験を見込まれて、ロサンゼルス郊外ガーデナにある日本語コミュニティー誌に渡米半年で就職が決まった。専門職ビザも出た。そして、その年の年末、たとえ日系であってもアメリカの会社には長い正月休みがないことを知った。アメリカでは正月よりも、むしろ感謝祭の方に「家族が集まる祝日」として重きを置かれていることにもそれまでは無知だった。

こうして、親元を離れてもせっせと正月には実家の母の手作りおせちを味わっていた私が、30代を目前にして、初めて「正月に帰省しない」という選択をしたのだった。

所変われば雑煮も変わる 

アメリカに移住して既に20年以上が経過した。この間に私は結婚し、永住権を取得し、二人の子どもに恵まれ、下の娘が生まれた後に11年お世話になったコミュニティー誌を辞めてフリーランスのライターになった。上の息子は既に17歳、あと半年でハイスクールを卒業、娘は秋からミドルスクールの最終学年になる。

2013年1月、日本語学校での餅つき大会での娘。私は日本で餅をついたことがなかったが、アメリカの日系社会の方が日本の伝統に親しむ機会が多いように思う。

生まれてから30年近くずっと母任せだった正月の支度も、妻となり、母親となってからは私の役割になった。しかもアメリカで。幸い、ロサンゼルスには日本食のマーケットがいくつもあるので、材料の調達に困ることはない。お雑煮に入れる水菜をはじめとする野菜も豊富だし、筑前煮の具となる筍、サトイモまで売られている。

我が家の雑煮は、夫も偶然、九州出身なので、何の反対意見もなく、私が子どもの頃から慣れ親しんでいる、おすましに焼かない丸餅を入れたものを作り続けている。そう、同じ日本国内でも、地方が違えば、雑煮の種類も大きく異なる。すまし汁以外に味噌汁の地方もあれば、入れる餅も焼いた餅だったり、焼かない餅だったりする。なんと、香川県ではあんこの入った餅を雑煮に入れると聞いたことがある。所変われば、なのである。

娘が好きなおせち料理は数の子だ。これも当地の日系スーパーで、多少高くつくが、塩抜きしたものが手に入る。そして息子の好物は甘い伊達巻きである。数の子も伊達巻きもスーパーで買って来て切って皿に並べるだけ。考えてみれば、日本の母は黒豆も栗きんとんも手作りしていた。私のおせちは手抜きバージョンである。

しかし、今から3年前、東日本大震災を理由に夏の帰国をとりやめて、その年の年末年始に子どもたちを連れて帰省した時のこと。実家の母が手作りしてくれるのかと思ったら、料亭におせちを予約していた。それはそれで非常に美味しくいただいたのだが、私がアメリカで過ごしている間に母も年を取ったのだと実感した。久しぶりに陸地に戻ったら、時が経ってしまっていたのを知らされた浦島太郎のような気分になった。

さて、ハイスクール卒業後の息子の進路希望は日本に行くことだ。そしてできれば、私の父母、彼にとっての祖父母の近くで暮らしたいと言っている。私の代わりに親孝行をしてくれようとしているのかもしれない。そんな息子が、家族と共に過ごしたロサンゼルスでのお正月を、日本で懐かしく思い出してくれる時がやがて来るだろうか。

 

© 2014 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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