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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2014/2/3/desigualdad-social-inseguridad-2/

南米の格差と治安、そして日系人たち ~その2

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南米諸国で、格差のほかに懸念材料となっているのが治安である。これは、ほとんどの国で悪化しており、経済成長とは裏腹に社会の安全が脅かされている。

財政的基盤が弱い国は制度的に統治機関が貧弱であり、慢性的汚職体質が警察、検察当局をはじめ、ほぼすべての役所に広がっており、そのため司法も機能不全に陥っている。そして多くの国や地域では麻薬カルテルの違法活動が社会の隅々まで浸透しているため、暴力が蔓延している。

メキシコでは、2006年から2012年までの間麻薬闘争の被害で殺害された人が7万を超えている。つい最近国連開発計画(UNDP-PNUD)が作成した人間開発地域報告2013-2014では、詳細にラ米の治安問題が分析されている。その一部の概要は次の通りである。

1)2000年から2010年の間に記録されている殺人事件は、100万件である。調査対象18カ国中11カ国で、10万人中10件の事件が発生している(若者になるとその比率が10万人中70件と、さらに高い水準を示している)。窃盗・強盗もこの四半世紀で3倍に増加しており、2012年の統計だけでも10人に6人は窃盗被害者であり、10人に3人は不安を感じ、10人中5人は自分の居住地もしくは社会で治安が悪化していると感じている。

経済成長は消費を拡大してもそれが社会進出を反映しておらず、教育制度の不備(高い中退率)や家族体系の変化(一人親及び非嫡出子の増加)も影響して、そのうえ簡単に拳銃等が入手できることや麻薬の消費及びその密売が蔓延していることで、犯罪率も上昇していると専門家は指摘している。

また中南米の都市人口は全体の8割(総人口6億人中4.8億人が都市に居住しており、50万人都市が125市もある)を占めており、その郊外では大規模なスラム化が進み、数万から何十万人単位で最低限のインフラ整備のないまま生活を営んでいる。当然、近隣との摩擦は拡大し、犯罪組織による麻薬販売や武器密売も蔓延している。十分な教育を受けていない者が多く、子弟の教育機会も限られている。ほとんどがブラック労働で低賃金で働いている。

ブエノアイレスのレティーロ地区にあるスラム(奥にはビルと高級マンションが並ぶ)。

2)UNDPのアルゼンチン、ブラジル、チリ、メキシコ、そしてペルーの刑務所状況の調査によると、服役者の3人に1人は15歳未満で家出をした者であり(チリの場合は、2人に1人)、四分の一近くは父親または母親の顔を知らないという。

8割が義務教育も終えておらず、軽犯罪の現行犯で収容されている若者が多いのも特徴である。その結果ほとんどの服役者は35歳になる前に出所するが、再犯の確率が非常に高いとされている。

ほとんどの国では警察官や刑務官に対する信頼度は低い。刑務所の更生機能も健全な社会復帰率も低い。脱走事件も多く、ほとんどが刑務官の共犯によるもので施設そのものがマフィア化している(差し入れも麻薬密売に発展し、面会も売春宿と化しているところも多い。多くの国では刑事訴訟法上配偶者の面会の際、一定の条件の下別室で性交渉も認めているのでそれが無法地帯と化しているという)。

3)犯罪による国内総生産GDPへ影響を見ると、その損失は大きく、ホンジュラスやパラグアイでは10%も影響している(2010年推計)。チリやウルグアイでは3%前後である。また、国の予算カットで民間警備会社の成長が著しく(年間10%)、ラ米諸国には261万人の警察官に対して381万人の民家警備員が存在する。その結果、民間人の銃の携帯率は欧州の10倍もあり、警備会社を契約できる世帯や地区とそうでない人との格差は一目瞭然で、それぞれの治安状況も経済状況によって極端に異なる。

チリの「カラビネロス(治安警備隊)」は、南米でもっとも信頼が高く、そう簡単に賄賂に応じないというもっぱらの評判。

ラ米の日系社会は、こうした格差(以前はもっと偏見も差別もあったのだが)や不備の多い社会の中で発展し成熟してきた。

都市部のクリーニング店や雑貨店に限らず農業移住地でも、日系人世帯の多くは少なくとも1〜2回は強盗にあったことがあるだろう。しかし、それによる経済的損失と精神的負担を乗りこえて地元社会との共存をはかり、更なる社会貢献も継続している。多少の「社会的免疫」を育んだとはいえ、常にかなりの緊張感を持って事業や家庭を営んでいかなければならないのである。油断は禁物という言葉があるが、まさに南米ではそのことを肝に銘じて生きていくことが求められる。

今後日本からラ米への企業進出が拡大するだろう。特に最近では、中小企業の間で関心が高まっているようだが、さまざまな要素を鑑みて事業展開を検討し実施しなければならない。日系社会と日系人リーダーたちはその架け橋的な役割をある程度果たせるが、日本企業は、南米諸国のこのような実態を把握することからはじめなくてならず、複雑かつ危険も含んだ多様性を想定して、進出を試みなければらない。さまざまな矛盾にも心の豊かさはあり、生き甲斐を得ることもできる土地である。100年前から移住した日本人の諸先輩がそれを立証してきたのである。

参照:

国連開発計画のラ米治安状況の報告書 http://informes.americaeconomia.com/pnud2013/

 

© 2014 Alberto J. Matsumoto

デザイン 経済 中南米 安全性
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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