ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2014/02/17/global-jinzai-2/

日本のグローバル人材 パート2

「南米の日系人はグローバル人材か?」

前回のパート11では、「グローバル人材」とは、「(1)語学力・コミュニケーション能力、(2)主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感、(3)異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー」だと定義した。しかし企業は、「海外の事業所で自立的・自主的に発言・行動できる」「多様な考えを持つ人と協調して仕事を進められる」という条件を重視している。

そうしたなか、最近ジェトロやJICAが、日系企業、主に中小企業の南米進出の際に日系人団体や有力者のネットワーク(人脈)を活用することを提言している。しかし南米の日系人は、日本の企業進出やビジネス拡大に有益なグローバル人材の素質をもっているのか、そのような人材になりたいのか、それともまったく関心がないのか。私なりに、疑問をなげかけてみた。

2014.01にJICA日系研修員として来日した南米諸国の日系人

そもそも日系人はその所属する社会の一員になるために学歴や職歴を重ねているのであり、日系企業との橋渡しはあくまでも可能性の一つであって、あまり大きな優先課題ではないという見方が主である。この見方は、大阪商業大学の古沢教授の論文や著書2、昨年末『NIKKEI BUSINESS』誌に掲載された特集記事3が参考になっているが、その資料には今話題になっているグローバル人材の活用に関するヒントがたくさん含まれている。

また日系人は、みんなが知日・親日派で、日本の良き理解者でかつ日本の利害関係に沿ったビジネスや交流を手助けできる人材だとは限らず、過剰な期待は禁物である。日本の利害に沿ってもらえるかどうかは日本側のアプローチ次第かもしれない。

古沢が主張しているように、高学歴及び経験豊富な日系人は今やブラジルの有力企業や行政機関、日系以外の外資系企業からも大変歓迎されている経営資源であり、日系企業が選ばれる雇用主にならなければ有能な日系人及び地元人材は確保できないとも言える。もちろん、日系人も日本の企業から選択されるグローバル人材としての要素を持っていなければならないし、そのための学歴・経歴、素質を磨かなければならない。

ただ何十年も前から、日系企業の日系人に対する処遇格差の問題とグローバルなキャリア機会のなさが指摘されており、私が大学を卒業した25年前もそうであった。そのうえ、80年代から90年代は、中南米の経済や政治情勢があまりビジネス拡大には適していなかったこともあって、日系企業の撤退が相次いだ。90年の半ばからはスペインをはじめ欧州の企業は多くの中南米諸国に進出しかなりの分野で成功を収めたが、その間、日系企業はアジア諸国で大きな利益をあげたとも言える。日本の対中南米貿易は全体の5〜6%で直接投資は9%程度であることも一つの指標である。

欧米の外資系企業は、日本の企業とは異なった人事考課や有能な人材に対する研修や昇進制度、場合によっては本社勤務の道も開き、賃金水準もかなり魅力的である。グローバルな戦略も権限委譲も明確にしており、決定のプロセスもその実行もかなり早い。このようなダイナミックなリズムに合致した人材は、ローカルスタッフであっても優遇される。場合によっては支社長もしくは本社幹部として登用され、報酬もその成果の利益配当額も日本では考えられない処遇(金額)になる。しかし、こうした部分はほんの一握りの人材が得るチャンスであることも忘れてはならない。

また、日本が苦手な情報収集や人脈形成への戦略も徹底しており、進出先の経済や政治の変動にもかなり適切に対応できるよう地元政財官へのロビー活動も欠かさない。そうした間接人材もさまざまな方法で常にキープし、ときには大きなビジネスチャンスを手にする。

日系企業は、進出前の事前準備が長く、進出後の現地法人にあまり権限委譲をしないため、欧米企業のような柔軟性が十分でないため、必要としている人材が集まらないこともある。南米の日系人からみるとやりがいもないし、スリル感もない。私も含めて、南米で生まれ育ち、大学進学し学位を得たものの多くは、常に不安定要素と葛藤し、安定した職や中長期計画をあまり期待しないものである。南米は、社会環境の変動も激しいので、一個人の力や努力ではどうにもならないことの方が多い。そのため、日系企業が求める精神論やサービス残業、多少の日本語能力では足しにもならない。

アジアやアフリカ諸国の新興国でも同様であると思うが、南米は、ハングリー精神と高いモチベーションに根ざした明確な目標がなければ開拓できない市場であり、それをうまくバックアップし見返りをきちんと実行する企業しか成功できない。ただそうしたなか、日系人が間にいるからこそ得られる安心感というものもあり、日系人がスタート時点での繋ぎ役としての役割は担うことがあるかもしれない。

南米の多様な社会構造は非常に複雑で、日常の生活でも日本人が想像する以上に気遣いと警戒心が必要である。国際的な事業やビジネスとなると単なる言葉や文化を理解するぐらいでは利害関係の架け橋にはなれないし、大きな成果も得られないのが実情である。日系人を表の人材または裏方として活用するにしても、それをマネジメントする人たちが国際的なセンスと能力、国際舞台で相当揉まれた人でなければならない。もしかするとこの部分が最大のポイントなのかもしれない。

他方ブラジルより日系人の人口は少ないが、それ以上に歴史に翻弄されその体験を元に徹底的に現地化を試みたのが日系アメリカ人である(日系人の人口は100万人相当だとされている)。彼らは、第二次世界大戦の差別と苦難、志願兵として欧州前線で戦い多くの犠牲を強いられた体験、アジア前線や占領軍の一員としてMIS陸軍情報部の将兵として遂行した任務、それでも名誉回復と社会的信頼を完全に勝ち取るためには血のにじむ努力と戦略的な活動を展開し国政にも影響力を持つ人物を多数輩出し、最終的には裁判まで起こして戦争中の強制収容は過ちだったという判決を得てようやく和解の賠償まで得たのである。

そしてその現地化という過程では、戦争以降はアメリカ人以上にアメリカ人になることを目標にし、時には日本人の子孫という文化的アイデンティティーやしがらみを排除し(建前上はそう映っているが、心の中ではそうではなかったかもしれない。大きな試練だったことが推察される)、各界で大きな功績を残してきた。それが後に日系企業の進出にも様々な形で力になり、今も日米の経済・政治関係の強化に貢献している。北米の日本人移民は南米に渡った移民より30年あまり早かったが(ハワイへの第一陣が1868年である)、その海外移住の原因や目的はほぼ同じであっても終戦からの米国社会での社会統合はかなり徹底せざるを得ず他に選択肢がなかったというべきかもしれない。

南米と北米の日系人を単純に比較することはできないが、日系アメリカ人から学べることは多々あり、彼らの日系組織やネットワーク形成の経緯、社会での影響力行使の手法は参考にできる。

「架け橋」という言葉はとても聞こえはいいが、そんな容易い役割でもなく、また誰もができるものでもない。それに日系人はその定住先の国と社会の人材、資産であることを忘れてはならない。一部の日本人は、「日系人は日本の海外資産」でもあるというが、ときと場合によってはまったく逆の立場になり民間の利害関係や国益が絡むと日本に不利になってしまうこともありうる。

グローバル人材の確保はどこの国でもまたは組織にとっても重要な課題であるが、大学院の学位を持った者は世界で過剰状態になっているという。問題は、その時々のニーズや都合に沿った人材をどのように確保し、ビジネスや国際交流等を進められるかである。海外にいる日系人も、日本で育っている日系人も、海外在留邦人や留学経験のある日本の若者も、そして世界中にいるさまざまな国籍や人種のマンパワーも、企業や組織のマネジメントによってはすばらしいグローバル人材になる可能性がある。だが、どの段階でどのような人材を活用するか、またはさまざまな人材をどのように組み合わせるかということは、実は組織の技量の一つである。有能な日系人も単なる人材の選択の一つであることは間違いないが、日系企業の事業の成功を保証するものではない。日系人の付加価値を適切に評価する組織であれば、少なくとも進出には大きな援護射撃になるであろうし、事業の撤退や方向転換には損害を最小限にしてくれる存在かもしれない。

2013.08.16 リマのサンマルコス国立大学経済学部で講演。アキノ教授は日本で博士号を取得しており、教鞭をとった経験の持ち主である。今は、アジアの専門家として同大学の教授で多くの教え子がペルーや世界で活躍している。

参考文献:

1. アルベルト松本、「日本のグローバル人材とは? パート1」2013年12月11日
http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2013/12/11/global-jinzai-1/

2. 古沢昌之、「在ブラジル日系企業の人的資源管理に求められる変革 —「第三文化体」としての日系人の活用にむけて—」、『季刊海外日系人』、第73号 2013年10月、12頁〜21頁。

古沢昌之、『「日系人」活用戦略論:ブラジル事業展開における「バウンダリー・スパなー」としての可能性』、白桃書房、2014年1月

3.「日系アメリカ人という資産〜隠れた『日米のネットワーク』に注目せよ」、NIKKEI BUSINESS, 2013.11.18 & 25

 

© 2014 Alberto J. Matsumoto

教育
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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