ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2013/12/11/global-jinzai-1/

日本のグローバル人材とは? パート1

日本ほど「グローバル人材」という言葉を使う国は、他にないかも知れない。僕が来日した23年前は、バブルの影響もあってか「国際的な人材」という言葉をかわりに使っていたが、今では、多くの教育機関や企業団体が「グローバル人材」の育成を重視している。

「グローバル人材」という言葉をよく耳にはするが、実際にどのような人を指すのだろうかと思い、調べてみることにした。

文科省は、「日本人のアイデンティティーを持ちながら、広い視野に立って培われる教養と専門性、異なる言語、文化、価値を乗りこえて関係を構築することを目的とする。そのためのコミュニケーション能力と協調性、新しい価値を創造する能力、次世代までも視野に入れた社会貢献の意識等をもった人材」と定義している。

そして政府のグローバル人材育成推進会議によると、「グローバル人材」の3大要素として、「(1)語学力・コミュニケーション能力(2)主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感(3)異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー」をあげている。

一方、企業は、「海外の事業所で自立的・自主的に発言・行動できる」「多様な考えを持つ人と共同・調整して仕事を進められる」という条件を重視しており、英語力(語学力)よりもまず仕事ができるタフな人材を指しているようだ。

スペインのサンセバスチアンで開催された欧州移民対策の国際会議(2012.10)。メインの言語は英語。分科会のディスカッションでは、すべての参加者が英語が堪能というわけではなかった。ある程度の学歴はあってもひとり一人の諸問題に対する意識や知識、経験が物を言う。

しかし今の一般的な大学生をみる限り、ほとんどがこうした諸条件を満たしておらず、人材を育成する大学側に、十分な体制が整えられているとは言いがたい。大学には多少語学力を身につけられるグローバル人材育成に関するプログラムまたは語学系の学部もあるが、学生らが日本の歴史や伝統文化、政治経済、社会構造、そしてさまざまな課題等を理解し、それを論理的に表現できるまでには至っていない。ただ、そもそも大学がそこまでの役割を担うべきなのかということにも疑問が残る。また、企業等が求めている「仕事のできる人材」とは、大学院で学位を取得しても、海外経験やダイバーシティーというサバイバル環境で揉まれていなければ、そう簡単に育つものではない。

専門家やメディアもこうした人材の必要性を強調している。英語力だけでなく、国際業務に通用する教養を身につけることができるカリキュラムが必要であり、教育機関のありかたについて疑問をなげかけており、語学ができるだけでは、就職にはつながらないと指摘している。

しかし、国際的な業務に携わるものは、全体の1割か多くても2割程度であり、そうした業務の中枢にいる精鋭は更にもっと少ない。ということは、すべての教育機関(主に大学)が「グローバル人材」の育成にこだわる必要はまったくなく、むしろ一般の企業や行政機関で通用する人材を育てることの方が重要なのではないだろうか。

とはいえ、今のグローバル化した社会では、いかなる地方(市町村)であっても、官民を問わず、それなりの語学力や国際的センスが求められている。外国との関係も多様で、時には海外との連絡や取引を直接行う必要性に迫られる。海外からくるのは観光客だけではないし、文化交流のためのアーティストや作家、そしてビジネスマンとも接する機会が増えるに違いない。そうすると、これまでとは異なった対応が必要になる。

日本の実質国民総生産は世界2位から3位になったが、それでも年間520兆円を維持している。これはラ米諸国ほぼすべての国民総生産に相当する。海外取引は、輸出が63兆円、輸入が70兆円で、一人当たりの年間平均所得は450万円である(2012年統計、所得は名目上であり、実質は37,000ドルである)。他の先進国と比べ、日本の失業率は4.3%と比較的低く、貧富の格差も少なく、治安も良くて安全な社会である。消費市場が飽和状態にあるといっても、海外からみると魅力的な市場であることには変わりはない。ただ、今後はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や新たなEPA-FTA(経済連携協定-自由貿易協定)によって多くの業界が更にこのグローバル化の波を受けることになる。そのため、企業は大小関係なく海外事情ににもっと敏感になり、時には積極的に攻めていくという姿勢を強化しなければならない。

また観光立国を目指すのであれば、当然さまざまな国や文化圏の外国人観光客が来日することになるので、そうした多様性に対応できる「おもてなし」が必要になる。これからは、自分の好みや興味または関心事によって何回でも来日する観光客、すなわちリピータになる個人旅行者をターゲットにするべきだろう。そのためには、シンプルであってもフレンドリーかつリーズナブルなサービスを整えていく必要がある。例えば、年間5,800万人(2012年統計)の外国人観光客が訪れるスペインは、観光収入が5兆円相当で国民総生産への寄与は10%である。もちろん、この産業に従事している250万人すべてが英語やフランス語、ドイツ語が完璧であるわけではない。気さくな国民性が大きな魅力になっており、リピータ率は非常に高い。単なる地中海の太陽やパエリヤ、ワイン、歴史、伝統や祭りだけで勝負しているわけではないのである。

自国の伝統や文化、歴史をしっかりと身につけ、それを外国の訪問者に分かりやすくさまざまな言語で対応できる人材がもう少し増えれば、それだけで日本の魅力もかなり増すのではないかと思える。日本の学校教育を通して、そのような人材を育成するようになってほしいものだ。

ブエノスアイレスのサルバドル大学(私の母校)国際関係学部の学生たちと教員(2013.09)。他の南米諸国からの留学生も多数いた。英語は必須科目であり、中国や日本語を勉強している学生もいた。

現在、大手商社や銀行、国際的なメーカーに務めていても、英語をフルに活用し、海外に出張したり交渉をしているのは全従業員の一割から二割ぐらいかも知れない。今後は、そのような人材の需要が増え、その任務にあたる職員は猛勉強し、語学を身につけるに違いない。観光業も同様で、その職種とニーズに沿った語学力を取得すればいいのである。

僕は、この日本で自分の母語であるスペイン語をいくつかの大学で教えている。今の大学生の多くは語学を学習しても、最低限の一般知識と教養が不足しているので、当然外国語もあまり上達しないし自分のためにモチベーションづくりもできないというジレンマに陥っている。また、外国語で大量の情報を処理し、理解をすることができない。

いかなる分野でも他の言語や文化の人と意思疎通することは難しいことであり、実際そう簡単に異文化間の摩擦や誤解は解決できるものではない。交渉の場では、理不尽であっても自分の立場を論理的に主張するしぶとさとタフさがないと、話にならない世界である。南米の人にも日本人と同じような「義」や「情」はあるのだが、それをどのタイミングや状況で使用するかは、日本人とは異なる。その「義」もほとんどの場合駆け引きの材料であり、裏切りと背中合わせである。

「グローバル人材」になるには、そうなりたいという当事者の強い意思や志が必要である。海外留学や来日留学生(14万人)との交流などによって、自分を鍛えることもできる。グローバル人材ともなれば、海外の優秀な人材と競争することを忘れてはならない。いかなる職種でも、迅速な解決能力や摩擦(紛争)防止能力、そして困難な課題に対する対応能力が求められる。単に修士号や博士号を取得し、英語ができるだけでは、世界では通用しない。

日本に留学しているアルゼンチンの大学生(在京アルゼンチン大使館にて)と意見交換と懇親会。日本には14万人の外国人留学生が在学している。機会はいくらでもあるが、日本の学生は例外を除きあまり積極的にこうした諸外国の学生とあまり交流していない。

それから「グローバル人材」の名の下なんでもかんでもglobalにする必要はない。特に大学等が無理にそれをめざすと、型にはめる人材しか育成できず逆効果になることも否定できない。すでにこの日本には、公務員であっても民間の職員であってもグローバルな世界で通用する人材がたくさんいる。それをどのように活用すべきかが今後の課題なのかも知れない。

それでは、最近注目されつつある南米の日系人は日本の企業や行政にとって有益なグローバル人材になれるのか?パート2で考察してみたい。

参考文献

グローバル人材育成推進事業 http://www.jsps.go.jp/j-gjinzai/iinkai.html

経済産業省の「グローバル人材」育成について http://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/global/

http://www.sondeoeconomico.com/2011/01/18/incidencia-del-turismo-en-el-pib-de-espana-en-2010/

http://www.iet.tourspain.es/es-ES/turismobase/Paginas/default.aspx

刈谷剛彦、「日本の国際化は「防護壁」の中にある」、2013年の論点100、220-221頁、文藝春秋、2013年

内田樹、「若者を幸福にしたいなら「グローバル人材」なんて育てるな」、2013年の論点100、222-223頁、文藝春秋、2013年

成毛眞、「ビジネスマンでも九割は英語はいらない」、2013年の論点100、226-227頁、文藝春秋、2013年

「求められるグローバル人材〜タフな機動力どう育む」、産經新聞、2013年7月15日、22頁

 

© 2013 Alberto Matsumoto

教育
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

詳細はこちら
執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

様々なストーリーを読んでみませんか? 膨大なストーリーコレクションへアクセスし、ニッケイについてもっと学ぼう! ジャーナルの検索
ニッケイのストーリーを募集しています! 世界に広がるニッケイ人のストーリーを集めたこのジャーナルへ、コラムやエッセイ、フィクション、詩など投稿してください。 詳細はこちら
サイトのリニューアル ディスカバー・ニッケイウェブサイトがリニューアルされます。近日公開予定の新しい機能などリニューアルに関する最新情報をご覧ください。 詳細はこちら