ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2012/11/7/idioma-japones-1/

第20回メキシコ日本語教師合同研修会を終えて - その1

JICAと日墨協会の招きを受け、2011年10月29日から30日の二日間、第20回メキシコ日本語教師合同研修会に参加しました。研修会前日の28日には日本メキシコ学院と中央学園を訪問し、これからのメキシコ社会を担う子ども達が熱心に日本語を学んでいる様子とそれを支える学校関係者の方々のご尽力を見学させていただきました。

私はメキシコの日系人社会については予備知識がほとんどなく、JICAメキシコ事務所の室澤所長から、メキシコはブラジルなどに比べると規模が小さく、米国やカナダと状況が似ていると伺っているだけでした。しかし、実際にメキシコを訪れてみると、そこは米国以上に活気に溢れ、日本語を次世代に継承して行こうという日系人の方々の意気込みを感じました。

言うまでもなく、メキシコはスペイン語が社会の主要言語であり、日本語は少数言語、主に日系人の家庭で使われる言語として位置付けられています。これは、スペイン語習得は社会的教育的に支援されるけれども、日本語習得は支援が少ないということを意味します。社会的支援のない継承語は、放っておくと三世代で自然消滅すると言われています。

日本語を母語とする移民の親を持つ二世は、家庭では日本語を使わざるをえないでしょうが、学校教育は現地語で受けますし、現地社会とも深く関わっていくので、現地語を使う機会が圧倒的に多くなります。このような言語環境で育つ年少者の言語は、年齢が上がるにつれ、現地語が強いことば、継承語が弱いことばになっていきます。中には、現地社会に同化することを優先するあまり、継承語を自ら捨ててしまうケースもあります。現地語の強い二世が親になり、三世の時代になると、家庭で日本語を使うことは稀になり、生活の基盤が現地語となるのです。

家では継承語(日本語)、外では現地語という二言語環境で育つ年少者の言語力にはいくつか特徴があります。

まず第一に、二言語が違った機能を持つということです。日本語は家庭で使われる言語ですから、生活に必要な言語、そして家族との絆を象徴するウチの言語です。一方、現地語は家庭外で使われるいわばソトの言語ですが、学校での教科学習に必要な言語、そして、友人も含め社会との繋がりを築くのに欠かせない言語です。

第二の特徴として、言語力のアンバランスが挙げられます。子どもが成長するにつれ、日本語よりも現地語が強くなっていくことは先ほど述べましたが、日本語力そのものをみても、会話はできるが読み書きが弱いということが多くなります。これは継承語で読み書きをする機会が限られているためです。その結果、子どもの日本語力が知的発達に追いついていかなくなり、学年が進むにつれ、日本語での教科学習がつらくなってきます。

さらに、継承語学習者の二言語力には著しい個人差があることが指摘されています。両言語とも母語話者にも勝るとも劣らない高い言語力を身につける子どもがいる一方で、継承語はほとんど話せないという子どももいます。これは、家庭環境、保護者の教育方針、子どもの置かれている言語環境が千差万別なためでしょう。

二言語が違った機能を持つということは、習得する言語力も違ってくるということを意味します。

一般的に、家庭では具体的な場面に依拠した会話中心の言語使用が多く、物事を抽象化して考えるという機会は多いとは言えません。これに対し、学校では見たことも聞いたこともないことを印刷物を通して学び、それを一般化したり抽象化したりすることが要求されます。これは場面依存度の低い言語使用で、高い認知力を要求されます。

カナダのバイリンガル研究者のカミンズは、この二種類の言語使用力をBasic Interpersonal Communication Skills(BISC、生活言語力)とCognitive/Academic Language Proficiency(CALP、学習言語力)という概念で識別しています。子どもが学校で必要とされる力は、言うまでもなく、読み書きを中心とした学習言語力です。カミンズはさらにこの二つは独立した力だと言っています。つまり、会話力があるからと言って、学習言語力も高いとは限らないのです。

もうお分かりだと思いますが、家庭でしか日本語を使う機会のない継承語学習者にとって、生活言語力は身につけることはできても、学習言語力は習得しにくいのです。

よく、一世の親が二世の日本語が不十分だと嘆くのを聞くことがありますが、一世と二世の育った言語環境を考えれば、両者の日本語力に違いが出るのは当然です。家庭の教育に問題があるとか、子どもの学習意欲が欠如しているとか結論づける前に、二世以降の子どもたちは継承語で学習言語力を身につけにくい環境に置かれているのだという現実を教育する側は認識すべきでしょう。その上で、二言語環境で育つ子どもの強みを生かした支援を考えていくべきだと思います。

その2>>

*本稿は日墨協会 のニュースレター『Boletin Informativo de la Asociación México Japonesa』155号(2012年5月)からの転載です。

© 2012 Yoshiko Mori

バイリンガル教育 バイリンガル能力 教育 継承語 日本人 言語 言語マイノリティ メキシコ マイノリティ
執筆者について

ジョージタウン大学東アジア言語文化学部准教授、日本語プログラム主任。南山短期大学英語学科、南山大学外国語学部英米学科卒業後、愛知県と東京都で高校の英語教諭を勤める。その後渡米し、オハイオ大学言語学部大学院で修士号、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校教育学部教育心理学科大学院にて博士号を取得。専門は心理学的見地から見た第二言語習得。

(2012年10月 更新)

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