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一世の開拓者たち -ハワイとアメリカ本土における日本人移民の歴史 1885~1924- その25

>>その24

1922年11月13日、連邦最高裁判所は「非白人」である小沢には市民権の授与資格がないとして敗訴を言い渡した。以下がその判決文の一節である。

小沢孝雄 (Gift of the Takeya Family, Japanese American National Museum [99.208.1])

「控訴人(小沢)のために指摘するが、この定義(自由白人)には1790年当時の(帰化)法立案者が考えていたままの意味が適用されるべきで、それは即ち、この国に居住していたアフリカ系黒人種、またインディアンを(市民権から)除外する目的で用いられた定義だった。これら2人種だけを当時は除外の対象としていたというのはあるいは真実だったかも知れないが、法律立案者の意図がその2人種だけに限られると解釈するのは法の肯定的形式を無視することになる。本規定は黒人とインディアンを除外すると言っているのではなく、実質的に自由白人のみを(帰化権有資格者)に含めると言っているのである。つまり、法の意図するところは、建国の父が白人として認めていた人のみに市民権を授与し、逆に、それに当て嵌まらない何者にもこれを拒否するということだったのである。」1

日系新聞各紙はこの判決に怒りと憤りを持って反応したが、それほど驚きはしなかった。小沢裁判の主唱者であった「新世界」は、「我々が一縷の希望をかけた此大問題も憫れ全く打砕かれて仕舞った。」2と嘆いた。さらに日系コミュニティーの傷を深めるかのように、アメリカ議会はケーブル法を制定し、二世女性にまで直接的な攻撃を加えた。ケーブル法は、いかなるアメリカ人女性でも「帰化不能外国人」と結婚した場合、「アメリカ市民ではなくなる」と規定したのである。3


1924年排日移民法

小沢判決から僅か2年後、日本人移民の入国を完全に禁ずる新移民法制定により、一世たちはアメリカから完全に拒絶された。また、この法は、ヨーロッパ諸国からの女性が移民の妻として入国するのは無制限で許可しながら、中国、日本、韓国、インド出身の女性は拒絶していた。たとえアメリカ市民の二世でも、アジア人は「帰化不能外国人」であるため、妻(夫)を日本から迎えることはできなかった。

影響力を持った「サクラメント・ビー」紙の発行者であり、カリフォルニア排日同盟の指導者だったV. S. マックラッチーは、1924年移民法の連邦議会通過を目指し、次のような証言をしていた。「日本人はアメリカに同化しにくく、我々の法に照らし合わせ不適格と思われる居住者の中でも最も危険な存在ある。彼らは非常に民族的誇りが高く、同化するという概念を持たない。他の帰化不能な黄色人種や褐色人種に比べて、ずばぬけて強いエネルギー、決意、野心を持ちながらも、一方で低い生活水準、長時間労働、女性や子供の労働力使用を維持しているため、経済的に最も危険な競争相手である。」4

この移民法成立後、日本人コミュニティーは深い落胆と屈辱の感情で満ち溢れた。一世たちはアメリカの法廷で正義を求めた末、結局、憲法は日本人移民には適用されないということを思い知らされただけであった。

あこがれて来たアメリカで泣く暮らし5

28年後の1952年、ウォルター・マッカラン法が議会を通過し、日本人も遂に帰化市民権を認められた。しかし、この法でも引き続きアジア人差別は継続され、日本は僅か185人の移民割当てを受けただけだった。

その26 (最終回)>>

注釈:
1.Ernest K. Wakukawa著、A History of Japanese People in Hawaii、306-307ページ。
2.「新世界」1922年11月14日号。
3.Yamato Ichihashi著、Japanese in the United States、324-325ページを参照。
4.Roger Daniels著、The Politics of Prejudice、99ページ。
5.由紀子。伊藤一男著、「北米百年桜」338ページ。

*アメリカに移住した初期の一世の生活に焦点をおいた全米日系人博物館の開館記念特別展示「一世の開拓者たち-ハワイとアメリカ本土における日本人移民の歴史 1885~1924-」(1992年4月1日から1994年6月19日)の際にまとめたカタログの翻訳です。  

© 1992 Japanese American National Museum

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