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偉大なる彫刻家 ノグチ・イサムの生涯 -その6/9

>>その5

イサムは、1943年、はじめて照明作品「Cylinder lamp」を制作する。1944年、「Caffee table」と「Dinette set」デザイン、後に、Heman Miller社によって量産された。1946年、ニューヨーク近代美術館「14人のアメリカ人展」に大理石の組み合わせ彫刻を出品して絶賛される。1948年には、インドのガンディー記念碑をデザインする。1949年、ニューヨークのチャールズ・イーガン ギャラリーで1935年以来、初の個展を開く。1950年、19年ぶりに来日し、建築家・丹下健三ら若い芸術家らと知り合う。慶応大学の「Memial room」と「Gardem」のデザインを頼まれる。8月に三越デパートでの個展後、9月にニューヨークに戻る。1

この頃、イサムは、女優・李香蘭(リー・コーラン)こと山口淑子と運命的な出会いが待っていた。女優・李香蘭は、アメリカのハリウッドに映画撮影の為に渡米していた。イサムと李香蘭はニューヨークのパール・バック邸のパーティーで、友人の日本人画家の石垣栄太郎の紹介で二人は出会うことになる。・・・・・(パール・バックは、アメリカの女流小説家で、1938年にノーベル文学賞を受賞している。パール・バックは、アメリカ・バージニア州で生まれて、すぐに父親と共に中国に渡り、中国で育った。友人にはアジア系の人たちが大勢いた)。・・・・・

イサムと李香蘭との出会いは、電撃結婚へと二人を結び付けた。イサムは、それまで、一生涯、自分は結婚しないと思っていたが、運命は違っていた。それは、イサムと李香蘭と互いに心を打ち明ける共通する悩みを持ち合わせていた。イサムは、日本人とアメリカ人の狭間で生きていること、李香蘭は、日本人でありながら、映画女優と言う宣伝の為に中国名を使うことを強制された。李香蘭も日本人と中国人の狭間で生きなければならなかった事情が、二人の理解度を急速に深めることとなった。李香蘭は、イサムのアトリエを訪れ、芸術の世界を垣間見た思いであった。イサムの芸術に対する熱い情熱、そして、純粋な世界を知ることとなった。自然にイサムの魅力に取り憑かれて行った。

李香蘭(山口淑子)は、満州で生まれた。中国語の教師であった父の元で、幼い頃から中国語に親しんでいた。父親の親友であった李将軍の養女となり「李香蘭」と授けられた。

中国と日本という二つの国の複雑な歴史の狭間で、二つの祖国を愛することになる。大きな瞳と端麗な容姿、そして美声と流暢な中国語に目を付けた満州映画協会が、中国人の歌姫、女優として、美しい響きを持つ名前、「李香蘭」(リー・シャン・ラン)として、1937年、「蜜月列車」でデビューさせたのである。一躍、大スターとなり、次々と作品が生まれ、李香蘭は、満州映画で一世を風靡した。しかし、太平洋戦争で日本が敗戦した後、情勢が一転し、中国は日本に協力した中国人も死刑に処した。李香蘭も逮捕されたが、実は、日本人「山口淑子」であることを証明し、危うく一命を取り留めた。死刑にされる寸前だった。(日本に帰国してからは、映画女優として、実名「山口淑子」を名乗り、後に、政治家としても活躍した)。・・・・・

そのような数奇な人生を辿った李香蘭(山口淑子)とイサムは、二つの母国を持つ意味でも、お互いに共通性があり、話していて癒される部分も多かった。と同時にお互いに分野が違っていても、アーティストとして互いに尊敬し合い、理解できることも数多くあったに違いない。そして、イサムの友人である陶芸家・北大路魯山人の北鎌倉の敷地内の離れを借りて、そこに二人は新居を構えた。新婚旅行には、イタリアの大理石の本場にも足を運び、イサムの師であるブランクーシのいるパリにも行き、妻の淑子を紹介している。未知なる世界が開かれ、世界中が祝福していてくれているかのように希望に満ちていたに違いない、イサムは幸せの絶頂期にあった。

The Isamu Noguchi Foundation, Inc, USA、2000年、デトロイト、フィリップ・A・ハート・プラザ

その7>>

注釈:
1.Isamu Noguchi Private Tour  参考

*本稿は日墨協会 のニュースレター『Boletin Informativo de la Asociación México Japonesa』145号(2010年9月)からの転載です。

© 2010 Koji Hirose

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