ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2011/4/22/yama-project/

ヤマプロジェクト

写真家であるスコット・スミスが、この共同体に強く惹かれ始めたのは、彼がアメリカで弓場農場出身の一人の男に出会ったことによる。弓場農場直系の血を引くこの人物は、地下工房の薄明かりの中で、一日の大半をバイオリン作りをして過ごす。スミスはこの人物のバイオリン作りの動機が、利益を得ることではなく、共同体の子供達に手作りの楽器を贈る事であると知って以来、彼の並はずれた集中力と、彼をとりまく静けさの奥にあるものとは一体何なのだろうと考え始めた。結局スミスは自らの求めるところに従い、作家であるジャネット・イケダと共にブラジルにある共同体を訪ねることとなった。何の先入観念も持たずにやって来たスミスをまず驚かせたことは、共同体の隅々にまで芸術が浸透していることであった。彼をこの旅へと誘ったものは、芸術家、写真家として培われた直感と言うべきものであった。ブラジルへの初めての旅で彼を魅了したものは、まず芸術作品がそこらじゅうに無造作に置かれていることであり、また労働と舞台活動が互いに良い影響を与え合っており、更には、何かを使う前にはまず何かを作るべしというように、他に例の無い教育方針に基づいて子供達が育てられていることだった。スミスの炯眼は、この楽器作りに打ち込む非凡な先駆者が、芸術というものを、人間の魂を揺り起こし導き育て、最後に結実したものを採り入れる為の単なる肥やしとして利用しているということを見逃さなかった。

弦楽器のワークショップ(写真:スコット・スミス)

文章を担当したジャネット・イケダにとって、この企画は、文章的表現がどのように伝わり、それが再びどのような形をとって立ち現れるのかを学ぶための良い機会であった。ブラジルの弓場農場には、少数民族が寄り添って暮らしている風景があり、日本とブラジルの文化、労働と芸術作品、複数の世代、新しいものと古いものなどが殆ど融合しながら存在している。イケダは、日本からブラジルにもたらされた俳句に内在する、静けさの中に稟とした強さのある詩情の及ぼした影響の跡を辿ることに胸が躍った。弓場農場では、働くこと自体に目には見えない詩的エネルギーが感じられる。それは、日々の労働に勤しんでごつごつとした手に表れているし、また二つの世代に亘って生死を共にしてきた人びとの会話の中にも感じ取ることができる。この共同作業に於いて、イケダは己が日本語の知識、通訳翻訳技術、共同体の成り立ち及び背景に関する研究の成果等もてる知識技能の全てを駆使して臨んだ。彼女の長年に渡る共同体との関わりが、共同体を奥深く理解することを可能にしたのである。

この企画は当初、共同体独自の教育方針とそこに生きる人々の生き方に、二人が共に関心を抱いたことに端を発した。スミスとイケダの最初の出会いは、ヴァージニア州にあるルドルフ・シュタイナー・ウオルドルフ学校においてであった。世間では特徴のある教育方針を持つ学校として知られているその学校に子供達を通わせている親同士として出会ったのである。彼らにとって弓場共同体を知ることは、自分たちが求めている理想的な家族のあり方を、改めて肯定する良い機会であると思えた。すなわち、日常生活と芸術活動がいかに融合しうるかということの具体例が示されていると思えたのである。何年にも亘り、スミスとイケダは親同士という縁で結ばれ、後には互いの仕事に信頼と尊敬を抱く研究仲間として付き合うようになった。一緒に一つの旅を終えた後この企画を立ち上げるにあたっては、それぞれが写真を撮り、俳句を詠む上で様々なきっかけを与えてくれた、互いに共通の問いを以て始めた。この企画で最終的に表現しようと意図している根底にあるものの一つは、俳画などの伝統的な日本芸術の背景に宿る審美的概念であると言える。日本の多くの芸術作品に於いては、統合、文章とイメージの合体などは、分裂や分散、重層する意味などを好む傾向に取って代わられる。写真による映像とそれに呼応する文章は、弓場農場の掲げる理想が、理想として終わることなく実生活の中で体現されていることを示す為、あたかも念入りに詠まれた俳句のように、存分にその役割を果たすことであろう。イケダとスミスは全身全霊を傾けてこの企画に取り組み、映像と農場の人々の声そして文章を通して、‘やま’の特異な姿を映し出すつもりである。

「やま」の文字を書いている小原明子(写真:スコット・スミス)

* ヤマプロジェクトの日系アルバム>>

* ヤマ: 人間性を育てる日々の生活に感謝するコミュニティー / "YAMA: a Nikkei community in Brazil"(英語のみ)>>

* ユバ農場のホームページ:  http://brasil-ya.com/yuba/index.html

© 2004 Janet Ikeda

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執筆者について

ジャネット・イケダ氏はバージニア州レキシントンのワシントン&リー大学の東アジア言語・文学学部教授。日本文学や言語を教えるかたわら、茶道の美についてのクラスを受け持っている。詳しい情報は、ワシントン&リー大学のホームページをご参照ください。http://tearoom.wlu.edu.

(2011年4月 更新)

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