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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2010/10/13/nikkei-latino/

南米の社会情勢・家庭事情と日本の日系ラティーノ

前号では、南米の教育事情を紹介するとともに、それが少なからず日本の日系ラティーノにも反映していると指摘したが、本稿では南米の社会情勢と家庭の事情が日本在住の家族構成にも多少影響していることについて考えたい。特に移民の家庭となると一般論ではあるが、親が別々に居住していることや、一緒に住んでいても社会に適応できないこと等が子弟の教育や夫婦関係に影響し、子供の学校中退や、親の離婚を招いたりする。560万人の外国人移民(227万人がEU域内出身で、337万人が域外出身)が住んでいるスペインでも同様の問題は指摘されており、同じスペイン語圏というラテンアメリカから来ている多くの移民の間でも小学校児童の中退率が高いとされている

日本では、南米というとカトリック教徒の国々で、陽気で、楽しくて、表現力も豊かで家族愛があふれているというイメージがある。確かにそういった要素もあるが、多くの市民にとって毎日の生活はかなり大変で、職も安定していないブラック労働が全体の半分で、年金や医療という社会保障制度は十分に整備されていないのが現状である。せめて陽気にやっていくしかないという状況でもあり、いくら頑張ってもどうにもならずあきらめもあるということを忘れてはならない。

街の教会。以前は日曜のミサには多くの地域住民が参列し、家庭や子供の教育にも影響していた。

そういう状況の中にあっても、近年、多くの南米諸国は天然資源や穀物の国際価格高騰によってその恩恵を受けており、経済的にも活気がある。全体に個人所得も上がっており、購買力も以前より高くなっている。ブラジルやメキシコは新興国の中でも経済大国であるが、今は世界が注目している国際的アクターである。

また、ラテンアメリカの社会情勢や家庭状況はここ20年ぐらいの間にかなり変わってきた。特に家庭という概念や、人生観、夫婦(家族)という定義も以前とはかなり異なっている。

専門家の調査等によると、このような状況が浮き彫りになっている。

(1) 特殊出生率と平均寿命

中南米では日本(2008年の統計で1.37)とは比較にならないほど高い特殊出生率だが、貧困率や乳児死亡率も高く、平均寿命もそう長くない。70年代から都市化がすすみ、都市部の失業率、所得格差は拡大し、80年代の半ば以降は都市化も更に拡大した(1980年に65%だったのが2005年には78%になっており、国によっては人口の9割が都市に居住している)。

しかし、経済的に豊かになっていくと出生率も下がり、平均寿命は長くなっている

                                                                                          
国別         特殊出生率        平均寿命 男性    平均寿命 女性     乳児死亡率
          1980-85  2000-05   1980-85  2000-05   1980-85  2000-05    出生千対 2005
Argentina     3.2          2.4         66.8       70.6          73.7       78.1           13.4
Bolivia          5.3         4.0         52.0       61.8          55.9       66.0           45.6
Brasil           3.8         2.3         60.4       67.3          66.9       74.9           23.6
Chile            2.7         2.0         67.4       74.8          74.2       80.8             7.2
Guatemala    6.1         4.6         56.1       65.5          60.6       72.5           30.1
México         4.2         2.5         64.4       72.4          71.2       77.4           16.7
Paraguay      5.3         3.8         64.9       68.7          69.3       72.9           32.0
Peru             4.7         2.9         59.5       67.5          63.8       72.5           21.2
出所:CEPAL,Anuario estadístico de América Latina y el Caribe, 2009 筆者抜粋作成

(2) 同棲率と不安定な夫婦関係

南米ではペルーが最も同棲婚率が高く(15歳から24歳では7割が内縁であり、平均が41%である)、中米やカリブ諸国では全体的にさらに高い(ホンジュラスやドミニカ共和国では一番若い年齢層では75%台で、平均でも6割になる)。先住民族が多いところや、地理的に山岳地帯やジャングルでは、それまでの慣習や行政が未整備であったということで内縁率が高いのだが、所得の高い南米の都市では女性の経済的自立も非正規婚の多い理由である

アルゼンチンやチリ、ウルグアイでは、子供が産まれると正規に婚姻する夫婦も多いが、それでも以前と違って同棲を続ける傾向がある。それには、未婚でも法律婚と同等の権利が保障されていることや、社会の偏見や価値観等が変化していることが背景にあり、カトリック教の道徳的影響力の低下も関係しているようだ。

同棲婚が社会的にプラスなのか、マイナスのか、という問いに対する十分な調査はないのだが、家庭環境が不安定だったりすると子弟の教育にマイナスであることは指摘されている。こうした家庭では家庭内暴力、連れ子に対する性的虐待問題等も法律婚より多いという見方がある。当然、これにはその内縁夫婦の労働環境及び収入水準、地域性、社会環境等も関係している。

国別 同棲率                1990-1995                                 2000-2005  
年齢層              15-24    25-34    35-49    平均         15-24    25-34    35-49    平均
Argentina           37.9      20.8     16.3      21.1          62.9     35.1      21.2     30.6
Bolivia               51.7      23.5      13.4     24.2          62.1     31.3      16.6     31.1
Brasil                36.5      21.8      15.2     21.1          55.5     35.3      22.3     33.3
Chile                 16.6      11.3      10.1     11.6          44.2     21.0      14.0     19.8
México              24.7      13.9      11.0     15.3          35.8     20.5     14.5      21.2
Paraguay           49.5      28.4      20.6     29.7          54.9     35.2     22.9      33.3
Peru                  69.3      44.5      25.1     41.2          82.6     55.6     32.0      47.7
Rpca.Domin.      76.7      59.4      53.4     61.5          80.6     64.4     53.7      63.6
出所:CEPAL,Anuario estadístico de América Latina y el Caribe, 2009 筆者抜粋

ブラジル、サンパウロ市内。家族計画の政府公告。

(3) 若年妊娠と婚外出産

中南米でも教育水準が高い女性ほど出産年齢が遅いのは、先進国と同様である。他方教育水準が低く、経済的にも貧困状態にある女性ほど出生率が高く、それが平均の倍以上である。

中南米でも全体的に教育が普及し、性教育の中では避妊情報もかなり積極的に提供されているが、それでも低所得層の未成年女性の出生率は案外高い。ブラジルの特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数)は、1990年には2.80であったが、2000年には4.68である。問題はこうした多くの妊娠・出産はあまり望まれていない妊娠であり、男性側も責任を取らず、出産や育児には父親の経済的、精神的サポートはほとんどないという現実である。

また多くの国では、出生全体のうち半分は婚外子になっている。アルゼンチンでは、1980年に29.8%だったのが、2000年には57.6%であり、同じような水準がチリ(18.8%、50.5%)、ウルグアイ(21.1%、55.2%)、コスタリカ(29.4%、57.5%)でもみられる。

(4) 別居・離婚と不安定な夫婦

もう一つ中南米諸国で大きな流れになっているのが別居・離婚率の高さである。90年代以降その傾向が高くなっており(多くの国で80年代に民法が改正されて法的に離婚が認められるようになったことが大きな原因)、2005年の統計だと25歳から54歳の女性の別居・離婚率は、アルゼンチンが10.7%、ボリビアとチリが9.4%、ペルーが13.1%、ウルグアイが14.7%、エルサルバドルが25.2%、パナマが20.7%である。

離婚率は法律婚をしている夫婦関係の解消率であるが、同棲婚の解消は登録制度がないため統計上把握できていない。いずれにしても、法律婚も同棲婚も案外脆い夫婦関係になってきており、前者の場合法律に従って解消するには費用も労力もかなりかかるが、後者の場合極論でいうとそのまま関係を放棄することが多いためほとんどかからないといえる。また若い世代ほど、特に80年代末から、内縁が増えており、あまり抵抗なく関係解消を容認するようになっている。ウルグアイでは、同棲婚の関係解消率は法律婚のより三倍も高く、ブエノスアイレス市郊外では4倍であり、低年齢ほどその解消率は高いという調査結果もある

低所得、低学歴だと、内縁の諸問題の解決が困難になるということはあるが、内縁、婚外出産、別居は経済的・精神的に自立した者からみると進歩的な生き方であり、あまり違和感なく受け止められているのも事実である。そうでない場合、それも社会の底辺でもがいているものからみればほとんど選択の余地のない生き方でしかない。

日本に来ている南米の日系人、日系ラティーノたちとは縁のない生き方であろうという指摘がでてきそうだが、ブラジル人やペルー人の集住地区や団地等の生活ぶりをみると、出身国の状況との共通点が案外多いというが実情である。日本で出生している両国籍者の三割は非嫡出子であり、離婚も増えているという5。

いずれにしても、南米諸国の社会・家庭情勢というのも当然海外に移住する者たちにも影響しており、専門家の中には海外移住の世帯の家庭崩壊リスクは国内より高いという指摘もある。

また、日本の行政や交流協会の外国人相談員から聞く話だが、未成年の妊娠・出産、内縁関係にある日系ラティーノからの相談も案外多いという。一つには、国境を越えての離婚手続がかなり複雑で費用もかかり、本国の判決がないと完全な離婚にはならず再婚もできないということと、もう一つははじめから同棲を選択しているからだという。この辺の実態把握にはまだ調査も少なく、統計も取りにくい側面があるが、明確である非嫡出子率と離婚件数及び領事館の統計等から推測すると南米同様の現象が日本の日系ラティーノの間でも起きている。

在日ペルー人のナショナルデー集会。日本で生まれた子も、日本で教育を受けた子も増えており、司会もスペイン語と日本語で行う。また、日本人との国際結婚も増えたようである。

     注釈:

  1. 全国小中高教育の外国人児童生徒数は76万人であり、全国平均で9.6%が外国人である。ラリオハやバレアレスでは、16%が外国人児童・生徒であり、ムルシア、カタルーニャ、マドリードでは12~14%である。アンダルシアやバスク地方では6%台である。また、在学生の出身別でみると38.7%が南米、EU諸国が28.5%、アフリカが21.9%である。
    Diario El Economista EcoDiario, “La educación de los padres, “fundamental” para determinar el éxito escolar de los hijos, 2009.09.22.
    Datos y Cifras-Curso Escolar 2010/11, Ministerio de Educación de España, 2010.
  2. Marcela CERRUTTI y Georgina BINSTOCK, “Familias latinoamericanas en transición: desafíos y demandas para la acción pública”, CEPAL-Serie Políticas Sociales Nº 147, Chile, Naciones Unidas, 2009
  3. 出生届を出していないということは、その国の住民であるということが立証できず、民事登録ができていないことを意味する。ID(DNIともいうが)を取得しておらず、いかなる手続もできず学校にも入学できないし、病院で診察も受けられない。スペイン語では「indocumentados nacionales(国内不法滞在者)」とも言われており、中南米ではまだ多くの人が個人記録を持たない人のことを指す。段階的に整備されつつあり、名前の記載、身分証明所の発行等が行われている。数年前、ペルーだけでも100万人がそのような状況にあった。
    アルゼンチンでも、2009年の発表によるとアルゼンチンで生まれながら12万人がそのような状態にあるという。隣国等の外国人移民ではない住民である(Las trabas de no tener identidad, La Nación, 2009.09.19.)。
  4. Binstock, G., “Cambios en las pautas de formación y disolución de la familia entre las mujeres de la Ciudad de Buenos Aires”, Población de Buenos Aires, Año 0 Nº 1, págs. 8-15, 2004.
  5. 厚生労働省の人口動態調査をみるかぎり、日本国内での婚姻・離婚統計(2000年から2008年)をみると、ペルー人の場合年間450件から500件の婚姻届があり、50件から近年は100件の離婚が記録されている。ブラジル人の場合は、1800から2500件の婚姻届で、80件から130件の離婚記録がある。在京ペルー総領事館でも離婚の増加傾向は認識しており、日本の協議離婚を本国で承認してもらうための委任状作成件数は以前より多いという。

© 2010 Alberto J. Matsumoto

家族 ラテン系 在日日系人
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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