ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2009/10/6/toshi-sushi/

寿司の原点を守り続ける職人 関利彦さん-ロサンゼルス・リトル東京だからこそ追求できる日本の味

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「東海岸で苦労?全然してないけどね」

人懐っこい顔とは、こういう人のことを言うのかもしれない。トシさんは、カウンターの向こうから笑った。「何か苦手なものある?」

リトル東京・全米日系人博物館の3軒隣にあるお寿司屋さん、利寿司(としすし)。カウンターでお寿司を握っているのが、この店のオーナーでもある、関利彦さんだ。誰からもトシさんと呼ばれている。トシさんは、3年前にコネチカット州からロサンゼルスにやって来たばかりだ。

「ニューイングランド地方(コネチカット、NY、マサシューセッツ、ニューハンプシャー、バーモント、ロードアイランドの6州)の中で、僕のお店はZAGATで26ポイントをもらった。何百のレストランの中からナンバーワンだったからね。嬉しいよね、ちゃんと分かる人は分かってるんだなって。でも、このお店には(ZAGAT評価状を)置いてないよ。アワード取りましたとか、何もないでしょ。“今”が大事だからね」

トシさんは、1981年、19歳でアメリカにやって来た。もうアメリカ暮らしは28年になる。

「おじさんが東京品川でお寿司屋さんをやっていて、僕もお店を手伝っていたから、自然とお寿司は身についてた。お寿司は作れなくても、仕込みができたからね。アメリカで最初に入ったのは、サンディエゴのカツラ・レストランというところ。そこでお寿司とキッチンをして、グリーンカードを取ってもらって…」

サンディエゴは気候良し、治安良しで住みやすい場所だが、20代前半のトシ青年には刺激が足りなかったようだ。LAにも毎週遊びに来ていたものの、そのうち「カリフォルニアに飽きて」しまった。

「87年くらいにNYの方から(仕事の)話が来た。そのNYのお店っていうのが、ロサンゼルスの松久さんみたいなプライベートなお寿司屋さん。そこですごくいい職人さん、親方さんに当たって、いい仕事を教えてもらったね。そのあと、知り合いの人がコネチカットで店をやるっていうんで、90年にコネチカットに行って、97年に自分で独立したの」

LAと並んで本格的なお寿司を食べることのできるNYから、コネチカットは隣の州とはいえ、まだまだ保守的、つまり東海岸の田舎町へ。

「90年にコネチカット行った頃は(日本食の店は)20軒くらいだと思うよ。それが17年いる間に、100軒以上になった。日本人のオーナーは本当少ないけどね」

コネチカットの地でNYを含め、ZAGAT最高の評価をもらうまでになっていたが、もっと大切かもしれないのは、地元の人たちから愛されていたということだ。

「コネチカットに引っ込んでる17年くらいの間に、お寿司を全然知らない人たちも、最後ね、もう長いお客さん皆、おいしいものはおいしいって分かるようになってた。それが良かったと思う。その頃家族で来てた5歳くらいだった子どもが、今度社会人になって食べに来てたからね。やっぱり凄いなと思うよね。その子が今度結婚したからとか、子どもができたからとかで来てもらったりすると、オレもこんなところで、こんなに長くやってるんだなと思うもん」

コネチカットでは、お客さんはほとんどが白人のアメリカ人。その縁で、地元の小児ガン病棟のためのチャリティを毎年開催していた。地域に密着していたから、2006年にトシさんが、カリフォルニアに帰ると言ったときにはちょっとしたニュースになった。「この街に貢献してくれたって言われたよ。コネチカットの州知事も最後に店に来てくれた」

久しぶりの西海岸。しかもLAに腰をすえるのは初めてとあって、最初は他の店で寿司職人として働きながら、寿司ケータリングを個人で始めた。

「人の店で働くものいいけど、やっぱり自分の仕事ってやりたいでしょう。まぐろのヅケやコブ締めって出したいわけ。ほかのお店では、まず、こういうことやってないから。週末のプライベート・ケータリングでは、自分で寿司ショーケースを持っていって、自分の仕事をして満足してたの。お店だとまた来てくれるけど、ケータリングって一発勝負で終わりでしょ。それがおもしろかった。今も時間があれば、ケータリングにはなるべく行こうと思ってるけどね」

トシさんのお話を伺いながら、贅沢なお寿司と日本料理の数々を出していただいた。握りの江戸前寿司。ヒラメのコブ締めは口をまっさらにして食したい繊細味。まぐろのヅケはまるでジューシー。3色の玉子焼きもコンビネーションは最高。青海苔を混ぜた磯辺焼き風に、梅と山芋をはさんだ酸っぱくてほんのり甘い味わい…。近所の魚屋さんから入荷して即配達されてきた生ワカメも、トシさん特製の汁と絡めると、これまた絶品。シンプル・イズ・ベスト。これが日本の味なのだろう。

「寿司の歴史で100年くらい前っていったら、冷蔵庫も氷もない時代。それで寿司やってたんだから、そういうネタ作りから始まってるでしょう。コブ締め、ヅケ、押し寿司だとか、葉っぱで巻いてみたり…そこが原点だから。あのころ冷蔵庫もないのによくやったと思うもんね」

東海岸が長かったこともあり、日本人のお客さんより、アメリカ人のお客さんに慣れているというトシさん。この本格的なお寿司はアメリカ人にも伝わりますか?

「分かる人は分かる。下手な日本人より分かる。それはカウンターに立ってて思う。(アメリカ人に)コブ締め食べてみなと言うと、口の中に入れたときにコブの味とか匂いとか分かるみたい。この10年くらいでフュージョン(和洋折衷の料理)とか、そういうのが増えたよね。やっぱり流行があるんだろうし、それはそれでいいけれど、僕はやっぱり最後は原点に戻ると思ってる。そう思ってるから 、僕はまだヅケだ、ああだとこだわって、やってるのかなと…。やっぱりヒラメだったらコブ締め、塩レモンで食べてみようかと、そういうお店があってもいいと思う」

取材中にくだんの魚屋さんがランチを食べにやって来た。常連だけにあれこれ、注文を尋ねることもない。プロが食べに来る店、それがトシさんの店である。

「LAだから、東海岸よりは日本ものが近いわけでしょう。そういうものをなるべく使いたいね、そのままのものをうちに来てるお客さんに食べてもらえたらいい。せっかくそういう場所にいるんだから。生ワカメだって、今の魚屋さんの社長から電話がかかってきて『今入ったけど、いるか』と言われて、『お願いします』といったら、すぐ持って来てくれる、近いからね。そんなの東(海岸)にいたときは考えられないもん」

リトル東京に店を構えた理由を聞くと、「あまり考えてない」と頭をかく。けれど、トシさんの滞米28年の間に培った“寿司の伝道師”的な役割は、この日本食の盛んなLAでも元祖の地・リトル東京だからより息づくのではないだろうか。日本の食材が身近に入るLAで、トシさんがどんな腕を振るうのか。

トシさんのお店「利寿司」は昨年11月に開いたばかりだ。

値段を抑えて作ったランチメニュー。

 

YouTubeでトシさんのインタビューを見る >> (日本語のみ)

© 2009 Yumiko Hashimoto

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執筆者について

兵庫県神戸市生まれ、97年よりロサンゼルス在住。日系コミュニティ紙に編集者としての勤務していたが、近年はフリーランスライターとしてローカル情報を 中心に記事を執筆。日本にいたころは、第二次世界大戦時の強制収容所はおろか、“日系人”という言葉さえ、耳にすることもなかった。「日系人の存在を少し でも身近に考えてもらえれば」。その思いで「ディスカバー・ニッケイ」のサイトに寄稿している。

(2008年10月 更新)

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