ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2008/5/21/nikkei-latino/

ラティーノ日系人の労働市場とは

日本の外国人人口は200万人を超え、南米系の就労者とその世帯は約40万人に近い。90年代当初の「デカセギ」が今や「移民」となっていることに ほぼ疑いの余地はない。未だに半分近くは「いずれ本国へ帰る」と言いながらも、その言葉とは裏腹にここ数年定着率も高く(永住ビザの取得率も3割を超えて いる)、日本で家庭を持つものも増えている。南米の日系人だけではなく、フィリピンや他のアジア諸国からもいる。ここ20年ほどの新規外国人の就業人口は 約70万人。日本国にはそうした外国人を受け入れる社会的土台、法体系、政策が未整備で縦割りなまま実態は進み、移民と化しているのが現状だ。

たとえ、はじめは一定期間の出稼ぎのつもりであっても、特に手に職がなく低学歴の者ほど、他国で定着する率が高い。本国へ戻っても社会的にも経済的にもあまり飛躍できないということを一番よく知っているのが彼ら自身だからだ。

今、日本で働いている日系就労者たちは、日本のバブル最盛期から90年代初期に来日したものが多い。当時の南米諸国は年間数千パーセントのハイパー インフレと15%以上の失業と不況、治安の悪化と政治不安(ペルーの場合はゲリラ)という状況だった。また、日本との所得格差も名目上は15倍であった が、実際は20倍を超えていた。現在は、その格差は縮小され、6倍から10倍であるが、パラグアイやボリビアの一人当たりの平均所得1.200ドルという のをみれば、日本の37.000ドルからすればまだ30倍になる。

ラテンアメリカで生まれ育った者は、日本では想像し難い格差が存在する現実の中、海外への出稼ぎ、または移民を決意するのだ。こうした背景を背負っているから、非熟練労働の3K(汚い、きつい、危険)の仕事であっても、賃金もそこそこであれば、黙々と働く。

日本にいる南米系移民は、これまで指摘してきた通り、昔日本から移住した日本人移民の子孫である(現入管法では、日系三世及びその配偶者と未成年子 弟までが来日可能であり、いかなる職種でも就労することができ、建前上滞在期間の制限はない)。彼らは一般に、「日系就労者」と呼ばれているが、人種的に は「南米系日系ラティーノ」であり、厳密にいえば「南米系移民」である。基本的にはアメリカのヒスパニック移民と同様で、日本語が少し理解できたしても、 考え方や価値観は産まれ育った国で養ったものである。

「南米系日系移民」は殆どが間接雇用

日本の労働市場で働いている南米系日系移民の特徴としては、短期間契約の反復更新で、8割近くがブローカー(派遣会社)や請負会社によって雇われている間接雇用だ。

市場全体を見ると日系就労者が占めているシェアは、全就業人口6千300万人の内たったの27万人で、0.4%にすぎない。1千100万人もいると いう製造業の中でも2.4%ぐらいでしかない。が、こうした労働力は、地場産業にとっては重要な戦力である。彼らは、夜勤シフトといった一般の日本人が敬 遠する職種であっても快く引き受けるからだ。

賃金水準だけをみると、日本人の非正規雇用のそれとそれほど大きな差はない。男性の平均収入が年間約300万、女性のは150万円とされている。残 業や夜勤の実施、職種によってプラスマイナスはあろうが、共働きであれば悪くない所得である(彼らは本国の物価水準をドル換算するため、日本での稼ぎがか なり大きく映る)。が、これまでの様々な調査を見ると、ボーナスが支給されることはほとんどなく、10年以上同じ会社で勤務しても退職金もでない 。 また、本来であれば企業(雇用主)が折半で負担しなければならない社会保険(医療保健と年金)についても、その保護を受けているものは全体の2割程度とい う推計である。そのため、医療保障に関しては、自費で国民健康保険に加入している、いや加入せざるを得ない状況にある(4~5割程度)。無保険の人も3割 程度とされている 。年金に関しても、自ら国民年金の保険料を払っているものは非常に少ない。社会保険に加入している者を除いても7割以上が掛けていないと言われている 。この問題は、手取りを重視する日系就労者の規範意識の違いにも起因しているため、日本の制度的な問題にのみ責任を押し付けるわけにはいかないが、外国人労働者が日本での安定した定住生活を手に入れることの難しさに代わりはない。

特に非熟練労働の外国人にとって、年を重ねるごとにこの問題は大きくのしかかってくる。現在の生活水準を維持するためには、60歳になっても3Kの 仕事を、健康に続けることが必要だ。しかし、製造業や介護、建設の現場では機械化・自動化が進められ、次世代ロボットが3K労働のかなりの部分を補ってい くことになると言う 。言葉が流暢でないためサービス部門の低賃金労働にしか就けなくなる。もう少し安定した老後を保障するため、今のうちにもう少し日本語のレベルアップをはかり、それに対する日本政府の移民統合の施策も必要である。

日本も調整期だが、制度の理解によって社会統合を

日本の労働市場は、法的には様々な保障や労働者保護政策が整備されているが、それが近年十分機能していないという大きな問題を抱えている。制度的な 理由、社会や企業の風習、そして労働者自身の未成熟な権利意識等にも原因がある。有給休暇一つとっても平均取得率は47%であり、中小零細企業になるとそ の取得日数はさらに低い。育児休暇を見ると、女性が88%で男性が1%未満(女性の場合、第1子出産時に在職している数字であり、出産後6割以上離職し、 実際この育児休業を利用しているのは、全体の13.8%でしかない(国立社会保障・人口問題研究所2005年の調査))。これも大企業や公共機関が主で、 同じ権利のある契約労働者の取得率は更に低く、外国人労働者に限定すると有給休暇さえままならない状態にある。また、研修の機会や昇進に関して言えば、外 国人労働者は言葉や雇用形態を理由に認められないケースも多い。日本語能力が高い一部の日系人は、工場内でも職長や係長に昇進したり、機械操作の資格を取 得して技能労働者になるものもいるが、統計は無いが、全体の数パーセントであろう。

結局、企業としてもこうした外国人労働者は調整弁の労働力としてしか見ていないことが多く、事業の縮小等を理由にいつでも切り捨てられるようにして いる。また、一部の中小企業等ではかなり重宝しているのも事実だが、その企業の競争率や生産性から見ると長期的にいつまで彼らを雇用し続けるられるのか、 疑問と不安の指摘もある。
日本人であっても、今は安定した終身に近い雇用はそうなく、また退職金が支払われるのは大企業や官庁以外はかなり少ない。多くの業種では、競争も激しく、解雇率も離職率も高く、正規雇用であっても保障はないに等しい。

日系就労者は「南米系移民」の一世代目であり、職に関しては相当の覚悟をしている。が、日本の諸制度や仕組みについては以前より理解度が高まっているとはいえ、他の外国人労働者同様、今後の人生設計、主に年金や子弟の教育については意識・情報の面で不十分である。

企業には、雇用が不安定であっても義務である社会保険や労働保険の加入実施は徹底して遵守してもらう必要がある。監督機関の取り締まり強化も必要だ が、それを妨げている労働者側の安易な意識も変えねばなるまい。話題になっている外国人労働者自身の日本語教育(主に日常会話及び生活用語)については、 行政の外郭団体や市民団体の活動だけでは限界がある。こうした人材を雇っている企業に、公的助成をもって社会的責任の一環として義務づけるぐらいの措置を しないと、最低限のスキルアップは望めない。受講証明書を在留資格の更新条件の一つにしても良い。

日本政府は、外国人の入国管理だけではなく、労働市場における社会保障や納税義務を各当事者(雇用主、労働者)にチェックすべきである。むしろ、規 範意識が薄れている日本人にも同様のことが言えよう。でないと、安心した社会生活、長期的展望は持てない。日本は今、年金等制度的にも調整期に入っており 議論の最中である。南米の人間からみればこれほど整った制度は本国にはなく、日本で就労、生活していることに多くが感謝している。国として、社会として 「移民」を受け入れた以上、企業や地域社会のもっと具体的かつ効果的サポートを行うべきで、異なった文化圏の人が良き隣人になれるよう双方の自覚と努力が 必要である。

注釈: 
1. 1993年頃ぐらいまでは、日系就労者の多くは残業代やその他の諸手当を含めれば月収40万以上は稼いでおり、職種によると60万円近くにもなっていた。ただ、当時から退職金を盛り込んだ契約は殆ど見られない。

2. 静岡県の浜松で市や大学関係者が行った調査で、これまで指摘されてきた実態が更に詳しく立証された。池上重弘(静岡文化芸術大学)「外国人市民と地域社会 への参加」ー2006年浜松市外国人調査の詳細分析ー2008年3月、第1章「浜松市に暮らす南米出身の外国人プロフィール」、第2章「南米系外国人の雇 用と労働ー人的資本、労働市場セクター、労働需要の観点からー」、第3章「浜松市における外国籍住民の健康保険加入状況と課題」(国立社会保障・人口問題 研究所の千年よしみ研究員の調査は非常に詳細で参考になる)。

3. 日本の社会保険は、雇用主と労働者が折半で健康保険と年金の掛金を納める。雇用主は労働者の給与から社会保険料の個人負担額(給与の13%ぐらい)を天引 し、給与額にもとづいて会社の負担額とあわせて国に各雇用者の社会保険料を納める。現在、健康保険の保険料が8.2%で年金の掛金が15.3%である(折 半で負担)。雇用保険は約2%だが、その6割以上は雇用主が負担。労災保険は0.45%だが(建設業は0.6%)、全額会社が負担する。企業の負担額は給 与の約15%である。これが正常な状態であり、正規雇用であればこのように保障される。が、多くの日系就労者は、自ら国民健康保険や国民年金を払ってい る。前者は、自治体によっても異なるが、所得、家族構成等によって金額も異なり、場合によっては社会保険の健康保険より割高になる。後者は、2008年現 在、月額14.410円である。両者とも市役所に納める。

4. 経済産業省の外郭団体の試算によると、2025年に人間から次世代ロボットに置き換えられる業務量(労働力換算)は、サービス業の141.1万人分をはじ めとして全体(製造業を除く)で352.5万人分に上り、その時点での不足労働力427万人の8割をカバーすることになる。深刻な人手不足の農業や医療・ 介護の分野で担うことになり、農業の労働力需要の26%、介護の37%、看護・准看士の20%をロボットが担うという。
㈶機械産業記念事業財団 http://www.tepia.jp/

© 2008 Alberto J. Matsumoto

このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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