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メンソーレ!沖縄 in U.S.A.

第2回 3000人抱える大規模県人会

Okinawa Association of America
会長・ケン・カミヤさん  / ハワイ生まれ三世

アメリカには20を超える沖縄県人会がある。群を抜く会員数を抱えるハワイに次いで大きいのが、カリフォルニア州ガーデナに拠点を持つ北米沖縄県人会 (Okinawa Association of America、以下OAA) だ。2007年11月時点で、会員数は約3000人、750世帯を数える。

2006年から会長を務めているのがケン・カミヤさん。OAAはガーデナのウエ スタン通り沿いに3つの建物を所有し、会長であるカミヤさん自らが管理を引き受けている。豆腐会社のオーナーだった山内夫妻からの寄付金で購入したのが、 一番南側に立つヤマウチ・ビルディング。カラオケ設備もある建物の中ではセミナーやミーティング、パーティーが催される。隣接するヒガシ・ビルディングは オクスナードで農業を営んでいた東夫妻から寄付されたもので、琉球舞踊の練習会場に使用されている。そして、ガラスの外観が真新しいビルの中には、OAA の事務所と図書館がある。

事務所で出迎えてくれたカミヤさんに、「どうして、沖縄の県人会は活発で、絆が強いのか」という素朴な質問をぶつけてみた。「もともとは、日本本土 の人たちから差別的な待遇を受けることも少なくなかっため、沖縄の中での結束が非常に強かったという歴史的背景があると思います。その後、海外に移住して からも互いに助け合っていたことが尾を引いているようです。私が11年生まで育ったハワイでの沖縄出身者同士の結束はここ以上でした。夏休みの3カ月間は 毎週末、大勢集まってピクニックをしていました。そこでは沖縄の音楽と踊りが披露されていたので、二世や三世も子供の時から沖縄の文化に触れていたので す」ハワイの沖縄出身者の中には、子供が大学に進む前に本土に移住する家族が少なくない。カミヤさんの一家もより良い教育と就労の機会を求めてカリフォル ニアに渡ってきた。当時のハワイの密な交流に比べると、アメリカ本土での沖縄出身者の交流は非常に淡泊に感じられたと、カミヤさんは振り返る。

誰にでも門戸を開放

2006年にカミヤさんがOAAの会長に就任してからは、子供を含めた若い世代を対象にした新たなイベントに力を入れている。OAAが所有する建物や図書館などの財産を次世代にしっかりと引き継いでいくためにも、沖縄文化の魅力を積極的に伝えていくことが急務だと語る。

今では熱心にOAAの運営活動に取り組むカミヤさんだが、沖縄県主催の世界ウチナーンチュ大会(世界中の沖縄出身者5000人が那覇に集合するイベント、5年おきに開催)に参加するまでは、県人会長を引き受ける意思はなかったという。

「私が会長になってもお役に立てないのではないかという気持ちが強く、推薦を断っていました。しかし、世界ウチナーンチュ大会に初めて参加したと き、大勢の沖縄出身の海外移住者と出会い、彼らの熱い思いに触発されたんです。また、そこで沖縄の人々に『お帰りなさい』と迎えられて私の中の何かが変わ りました。カリフォルニアに戻る頃には、会長職に立候補しようという気持ちが固まっていました」

OAAのイベントカレンダーには年間40近いイベントが並ぶ。人形劇、親睦会、ファンドレイジング、ピクニック、バザー、婦人部主催のクッキングク ラスやウチナグチ(琉球方言)のクラスなど。沖縄から最近渡米してきた人は、OAAに連絡すれば在米の親戚探しを手伝ってくれる。また、沖縄に縁がない人 にも、文化や料理に
興味があれば、「イチャリバチョオデエ(会えば皆兄弟)」精神で門戸を広く開放している。


北米沖縄県人会: www.oaamensore.org

* 本稿はU.S. FrontLine January 2008 (3rd week) からの転載です。

© 2008 Keiko Fukuda

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このシリーズについて

福田恵子氏による第7回にわたるアメリカの沖縄系コミュニティのシリーズ。アメリカの日本人を対象に読まれている日本語無料週刊誌、U.S. Flontline からの転載。