ミツル・”ミッツ”・カタオカ

日系アメリカ人デザイナー、教育者、メディアテクノロジー先駆者(1934年生)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

1934年カリフォルニア州ジェファーソンパーク生まれ。1942年に家族と共にポモナ集合センターに勾留され、その後ワイオミング州のハートマウンテン強制収容所で収容される。第二次世界大戦の終わりにニュージャージー州のシーブルック農場が労働者として雇用した収容者の中にはカタオカさんの両親もいた。

ニュージャージーの高校を卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に進学し、1957年に美術教育で文学士を取得し、1959年にはコミュニケーションデザインで修士号を取得する。1957年から1965年まで戦車将校として陸軍予備軍に所属する。1966年、UCLAの美術、美術史、デザイン学部の教員となる。1970年代前半、米国初の市内全域で利用可能な分散型の双方向ケーブルテレビ放送システムを開発する。

カタオカさんはデジタル印刷の美術界への導入に貢献し、高品質のインクジェット技術が普及する前から美術館品質の解像度と収蔵可能なインクや用紙を用いたコンピュータとプリンターのシステムを思い描いていた。

カタオカさんは2018年5月死去。(2019年7月)

drills school sirens World War II Colorado FBI japanese american barracks camp heart mountain Pomona Wyoming Cody field trip racism farm seabrook sponsor discrimination education housing RISD segregation UCLA children vídeo Akai recorders art photographer print printer Robert Heinecken

絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

ストーリーを読む >>
あなたのストーリーも募集してます!

勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

10月31日まで投稿を受け付けています。.

「ニッケイスポーツ」への投稿作品を読む >>

最新情報を入手

最新情報メールの配信登録

Journal feed
Events feed
Comments feed

プロジェクトをサポート

ディスカバー・ニッケイ

ディスカバー・ニッケイは、互いにネットワークを広げ、日系の体験談を分かち合う場です。プロジェクトを継続し、より良いものにしていくためには、皆さまのご協力が不可欠です。ご支援お願いします!

サポートの方法>>

プロジェクト企画 全米日系人博物館

主な援助
日本財団