ヒカル・カール・イワサキ

戦時転住局(WRA)カメラマン(1923 - 2016)

写真との出会い(英語) 戦時転住局(WRA)写真班に参加(英語) WRAでの撮影の自由(英語) 米国南部を訪れる(英語) サンノゼへの帰還(英語) プロとしてのキャリア(英語)

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ヒカル・カール・イワサキ氏(1923年生)はカリフォルニア州サンノゼに育ち、高校時代には学校新聞や卒業アルバムの制作に携わり、写真への興味を深めました。1941年12月7日の日本による真珠湾攻撃に続き、2月19日のフランクリン・ルーズベルト大統領による大統領令9066の発令を受け、イワサキ家はサンタ・アニタ集合センターに送られました。その後、一家はワイオミング州のハートマウンテン強制収容所に収容され、そこではカメラの所有は禁止されました。イワサキ氏が収容所内の病院でレントゲン写真の撮影技師の仕事に就くと、彼の能力は収容所新聞のトップの目に止まり、コロラド州デンバーにある戦時転住局(WRA)写真班の現像技師として働くことを勧められました。その後1年もしないうちにイワサキ氏はWRA専属カメラマンとして国内を自由に飛び回るようになり、何百人もの日系アメリカ人を撮影しました。彼が撮影したのは、収容所を出て米国各地に再定住しようとしていた人々でした。戦後、イワサキ氏はカメラマンとしての長いキャリアの一歩を踏み出し、『ライフ』、『タイム』、『スポーツ・イラストレイテッド』、『ピープル』他、国内の多くの雑誌社で働きました。

イワサキ氏は、2016年9月、93歳で亡くなりました。(2016年9月)

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ニッケイヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人

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