ジーン・玻満子・シュナイダー

戦争花嫁(1925年生)

名前の由来 パナマで幼稚園に通う 捕虜交換船で戻ってきた父 ハリーとの出会い 国際結婚について まさおさん アメリカへ移住することへの葛藤 二つの国に忠誠は尽くせない 5歳の娘の意思を尊重 アメリカへの移住して良かったこと

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ジーン・玻満子・シュナイダー(旧姓:天野)さんは、1925年、横浜に生まれる。1933年、ラテンアメリカでビジネスをする父芳太郎に連れられパナマで2年間過ごした。パナマへ残った父は、1942年に捕虜交換船によって日本へ戻ってきた。戦後、ラジオ局に勤めていた玻満子さんは、MISの一員として日本へ駐屯していたハリー・シュナイダーさんに出会う。1948年、日本でハリーさんと結婚し、1950年に戦争花嫁としてアメリカに渡る。その後、一女をさずかり、早いうちにアメリカの市民権も取得した。現在は、カリフォルニア州エンシニータスに在住している。(2014年9月)

identity name yokohama education Panama exchange ship gripsholm Yoshitaro Amano 1946 Kamakura post-war international marriage postwar United States war bride citizenship Japanese language Japan

ニッケイヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人

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