ヴァージル・ウエストデール

(1918年生)ハパ第二次大戦退役軍人、パイロット

アメリカ陸軍航空隊での差別 (英語) 第442連隊戦闘団のハパ仲間(英語) ダッハウ強制収容所の収容者達(英語) 飛行士になったこと(英語) 第522野戦砲兵大隊とダッハウ強制収容所(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

バージル・ウエストデール氏は、1918年、インディアナ州の農場でニシムラ家の5人兄弟の4番目として生まれました。父は日本人、母親はイギリス・ドイツ系でした。ウエストデール氏は、大学在学中飛行士となることに興味を持ち、自家用飛行機操縦士の資格を取得しました。

第二次世界大戦が始まり、日系であることを理由に、彼の商業用操縦士資格は剥奪されました。ウエストデール氏は、法的に姓を変え、ニシムラの西をウエスト、村をデールとし、ウエストデールと改名しました。彼は、アメリカ陸軍航空隊に入隊しましたが、1年後、軍部に日本人との混血であることが知られると、降格処分を受け、強制的に第442連隊戦闘団へ入隊させられました。彼は、イタリアとフランスに出征し、「失われた大隊」の救出に加わりました。終戦間近には、第522野戦砲兵大隊に編入し、ドイツのダッハウ強制収容所でユダヤ人収容者の救出にも加わりました。

戦後、ウエストデール氏は2つの学位と25の特許を取得し、科学分野の研究開発における国際賞を受賞しました。引退後は、運輸保安庁で14年間働きました。

ウエストデール氏は、共同で自伝「Blue Skies and Thunder: Farm Boy, Pilot, Inventor, TSA Officer, and WWII Soldier of the 442nd Regimental Combat Team」を執筆し、2011年には名誉黄金勲章を受賞しました。(2013年4月)

*ダンカン・ウィリアムス氏によるバージル・ウエストデール氏へのインタビューは、展示「Visible & Invisible: A Hapa Japanese American History」(目立つ、目立たない:日系アメリカ人“ハパ”の歴史)のために行われました。この展示は、南カリフォルニア大学による「Hapa Japan Database Project」との共催により、ニットータイヤ「Life History Project」の協力を得て開催されています。撮影はエヴァン・コダニ氏。

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