米澤 義人

南加宮城県人会会長 (1930年生)

叔父に呼びよせられて渡米を決意 渡米の準備 渡米後の農場生活 宮城県人会との出会い 働きながら家族をサポート 入会当時の宮城県人会の活動 夢は大きく 日本へ関心のある孫

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

米澤義人氏は、宮城県中新田町に1930年に生まれる。日本では、学校卒業後、農業試験場で農業技術を学び、県庁の農業技師の職に就いた。その関係で、アメリカで農業を営んでいた叔父に、事業を手伝って欲しいと頼まれ、1956年7月に渡米した。

最初の2年は、カリフォルニア州のインペリアルバレーの叔父の農場で野菜や果物などを栽培。この当時から、叔父に連れられ、宮城県人会の活動に参加するようになる。その後、叔父の勧めで英語を勉強するためにロサンゼルスへ移動。学校へ行きながらも、生活のために様々な職を転々とした。最終的に、UPSの職を得、退職する1992年まで32年間勤務した。

退職を機に、宮城県人会の会長へ就任。現在も会長職を継続し、活発に活動している。(2009年2月)

ここでは、オーラル・ヒストリーインタビューに必要な基礎知識をご紹介します。

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