二束三文で売られた日系人の所有物 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)父が政府から受け取った小切手の金額は覚えていませんが、何人かほかの例は知っています。ショウジ軍曹という人がいて、彼は西海岸に住み、野菜園を経営していました。第1次世界大戦当時、日本は(カナダと)連合国で、彼はカナダ軍の軍曹として従軍しました。そして終戦を迎える頃、彼が戻ると政府は、ブリティッシュ・コロンビア州本土の下方地域の土地を買うことを認めたんです。彼は33エーカー(約13ヘクタール)の土地を得、それを野菜園にしてビジネスを始めました。 しかし、(第2時世界大戦中)政府はその土地を彼から取り上げて売り払い、結果的に彼は政府から小切手を受け取ったんです。小切手の金額は、よく覚えていませんが、72ドル50セントか、その程度の金額だったんです。馬鹿げた額ですよ。そして彼は政府に手紙を書き、小切手を換金しませんでした。彼は手紙に、「私の今までの働きを知っているのか。私はカナダのために戦ってきた。私の今までの労力は72ドル50セント程度に置き換えられるものではない」というようなことを書いたんです。「あなた方は勝手にそう判断すればいいが、これでは何の価値もないじゃないか。小切手は受け取らない。」とね。彼が未だに小切手を持っているのか分かりませんが、もし持っていれば、それはとてもいいことだと思いますよ。官僚がどんな風に考えているかの証明になりますからね。 とにかく彼の例で分かるように、売られた財産に対して支払われた金額は本当に微々たるものでしたし、結果的に日系人が手にしたものは全く割に合わない額でしたよ。結局、それがあまりに酷かったので、バード委員会が立ち上げられ、すべてをもう一度見直すことになったんです。結果、委員会は、「政府は間違いを犯し、我々の財産を安すぎる金額で売り払い、それによって多くの人が何百万ドルも手にしている。」と認識したんです。僕の父が受け取った金額はそれより少し高く、もう数千ドル(数10万円)はありましたが、それでもそんなに支払われた訳ではありません。

日付: 2006年7月25・26日
場所: 米国、ワシントン州
Interviewer: トム・イケダ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

Canada discrimination racism

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