渡伯初期の生活

借金の取立てにうんざりしブラジル移民を決意 渡伯初期の生活 見よう見真似で物にした仕事 ブラジル社会に恩返し-不足のテクニコを育成 農工学校を通じてノウハウを次世代へ

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

Copeiro(執事)とJardineiro(庭師)。だから朝の5時ごろから晩の12時頃まで。朝早く起きましてね、みんなお茶の用意して。晩はみんながお茶、カフェ飲んで寝れるまでおらなきゃ。まぁだから朝の5時ごろから、晩の12時過ぎるまで働いたんですけども。

しかし人として扱ってくれましてね。1年おって、おかげであの何ができましてね、ちょっとお金ができまして。それからサンパウロへ帰りましてね。サンパウロで1年間学校はいるだけの金ができたわけ。

それからね、いろいろ方々出ましてね、あの方々・・・・あのブラジルの工場を渡り歩きまして。1年、2年ぐらいおりましたか。それで結局結婚したもんですから、もう子供ができまして、食えなくなったからもう仕方なしに、今度は田舎へ行かなきゃいかんと。で、ポンペイアへきたわけです。

日付:
場所: ブラジル
Contributed by: Caminho da memória - 遥かなるみちのり. São Paulo, Brazil: Comissão de Elaboração da História dos 80 Anos de Imigração Japonesa no Brasil, 1998. VHS.

Brazil migration

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