新世代のライフスタイルの変化 (ポルトガル語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(ポルトガル語)私は、日系ブラジル人のほとんどの人と同じような、典型的な日系人の人生を生きてきたと思います。興味深いことに、私の家族は、もともとは日本の漁師でした。祖父はブラジルへ渡り、農園で綿の栽培を始め、その後、じゃがいも栽培に切り替えました。祖父の跡を継いだ父が亡くなってからは、私の兄弟が農業を続けています。

私は6人兄妹で、3人の男兄弟は今も農業に従事しています。私は長女ですが、日系コミュニティがいくつか存在し、現在は200程度の日系家庭のある内陸部の町、インタペティニンガ市を出て、1972年にサンパウロ市へ移りました。その後、私は故郷に戻ることはなく、今でもサンパウロに住んでいます。私の18歳までの生活は、今とは違い、内陸部の農村の田舎町にありました。そして、大学で勉強するためにサンパウロへ移りましたが、その後の私の人生も、日系コミュニティの中で続いています。

日付: 2005年10月7日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: アン・カネコ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

Brazil identity

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