両親に反対された太鼓奏者としての道 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 両親は僕が何をしているのか知らなかったし、見当もつかなかったようです。太鼓を始めた頃、僕はまだ実家に住んでいて、両親に「何をやってるの?」なんて聞かれましたね。最初は、「なんでアメラジアっていう本屋さんなんかで働いてるの?」なんて聞かれました。お金を稼ぐこともないまま、今度は太鼓を始めたので、「太鼓なんて叩いてどうするの?お金なんて稼げないんでしょ、何かちゃんとした仕事に就きなさい」と言われました。その後ヒロシマというバンドで一緒に演奏を始めた後も、「ちゃんとした仕事を見つけたら?そんな事でどうやってお金を稼ぐの?」なんて言われました。両親はそんなことを色々言いつつも、心配していたんですね。なんとかしてやりたいと思っていたんでしょうね。僕のことを助けたいと思いながら、どうしたらいいか分からなかったようです。

その頃の僕の廻りには何のツテらしいものも無く、音楽活動について相談できる人もいませんでした。「どうすれば音楽の世界に入っていけるだろう?どうすれば人前で演奏できるようになるんだろう?どうすれば、プロのミュージシャンとして稼いでいけるんだろう?いったい僕らは何をすればいいんだ?どうすれば取っ掛かりが掴めるんだ?」という疑問ばかりで、全く五里霧中って状態でした。全く未知の世界に入って行くような感覚でしたから、両親も随分心配してましたね。でも、今では多くの人が太鼓を見に来てくれるようになったから、ずいぶんやり易くなってますね。

日付: 2004年10月15日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: アート・ハンセン、ソージン・キム
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

arts music taiko

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