少数の日本人家族と共に育って(スペイン語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(スペイン語) 私はラ・クルス市という、当時は小さな田舎町だったところで生まれました。今ではもうちょっと大きな町になっていますね。キジョタからとても近く、その地域には日本人が何人かいましたが、どうやらアロソネ・スエゴという人が、その地域に住むようになったこととつながりがあるようですね。その人は、他の日本人に来るよう勧めていたんです。実際に、私の母方の祖父は、松山の学校で彼と同級生だったことがあり、ソネさんのいるところにやって来たんです。そんなわけで、キジョタ、カレラには、その頃は、比較的多くの人たちがいました。1930~40年ごろの話しですね。それで、私は自分の家族だけではなく、他の日本人と一緒にいる機会があったのだと思います。もちろん、チリの場合、日本人の移民が一番集中しているのはサンティアゴすよ。

日付: 2005年10月7日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: アン・カネコ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

chile community migration

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