日本行きの捕虜交換船での記憶(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)(船を下りた場所で捕虜の)交換*が行われます。もちろん私達もそれをわかっていました。ですから私達は言われる通りに船室で荷造りをして、全員船から降りて波止場で待ちました。陸では2、3時間ほどだったか時間を与えられました。「余り遠くへ行かないように」と言われたものの、つかの間の自由時間を与えられたのです。

私達全員がグリプス・ホルム号から降りたので、船はアメリカ人(兵士)を受け入れる体制を整えていました。するとアメリカ人が帝亜丸(ていあまる)から降りてくるのが見えました。彼らは一列に並んで歩いていました。そしてとても嬉しそうに手を振っていました。わたしも急に弱気になり手を振ってしまったのですが、はっと我に返り、わあ、こんなこと(人の交換がされていること)が本当に起きているんだと思いました。人々が一列になって(降りてくるなんて)。そしてアメリカ人全員が帝亜丸を降りたとほぼ同時に私達も列をつくり帝亜丸にどんどん乗り込みました。船に乗り込んだ瞬間すぐにこの船が豪華客船でないことに気づきました。船は貨物船か軍艦輸送船だったのです。薄汚くてくすんだカーキ色をしていました。

* 日本政府は帝亜丸にアメリカ人捕虜を乗せ、米政府はグリプスホルム号に日本人(または日系人)を乗せ、中立国のポルトガル領インドゴアで捕虜交換を行い、それぞれの市民を本国の船に乗せて帰還した。

日付: 2003年8月3・4日
場所: 米国、ワシントン州
Interviewer: アリス・イトウ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

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