日系ペルー人ゆえに拒否された賠償金(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 戦後補償を扱う政府機関(Office of Redress)からの手紙には、強制収容が行われた時点で私はアメリカ市民または永住権保持者ではなかったという理由で戦後補償を受ける資格が無いと書いてありました。私は即座に上告しました。上告しましたが、政府は私が1956年まで永住権を取得していなかったと言うのです。もちろん上告は却下されました。他にも、私が自主的にカナダへ行ったことが却下の理由として示されていましたね。これに関していえば、私が永住権を得る唯一の手立ては一度国を出て再入国すること、と入国管理局に教えられたからです。これのどこが自由意志なのでしょう?不法入国者の烙印を押された時と一緒ですよ。元々来たくて来た訳じゃないんです。政府に連れてこられたんですよ。政府に無理やりここにつれてこられたんです。銃を突きつけられてね。その挙句、不法入国者だなんて。それだけじゃないですよ、ペルー人の中にはビジネスマンもいて、パスポートを持っている人もいましたが、乗船する時にパスポートは没収されたのです。それなのに、船を下りたとき何の書類も持っていなかったから、私達は不法入国者だ、と彼等は言うんですよ。

日付: 2003年10月26日
場所: 米国、ワシントン州
Interviewer: アリス・イトウ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

peru redress

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