プランテーションキャンプでの人種構成 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) (当時は)人種ごとに違うキャンプに住んでいたんです。私たちは日本人キャンプに住んでいました。教会の近くには沖縄出身者のキャンプもありました。韓国人が主に住んでいる小さな区域もありました。丘の上にあって韓国人キャンプと呼ばれてましたね。たったの7家族ぐらいしか住んでいなかったです。

それから、町の反対側にはオーガスト(?)学校がありました。学校の近くにはスペイン人、プエルトリコ人、フィリピン人のキャンプがありました。毎朝、学校へ行く途中に彼らを見かけましたよ。フィリピン人は闘鶏が大好きだったので、週末には大きな人だかりができてましたね。だから、子どもの時から闘鶏をよく見てました。

私たちが住んでいたキャンプの裏の角に、フィリピン人の独身男性が12人くらい住んでいました。当時、フィリピン人の男性は妻と一緒に渡航してなかったんです。女性の渡航が許されていなかったので、独身男性だけだったんですよ。後でわかったことですけど、彼らは鉄道修理班として働いていたため、特別に日本人のキャンプに入っていたんです。フィリピン人は日本人のキャンプに住んでいた唯一の(非日本)人で、これはとても珍しいことでした。彼らは鉄道路線に何か問題が生じる度に借り出されてました。

日付: 2004年2月19日
場所: 米国、ハワイ州
Interviewer: リサ・イタガキ、クリッシー・キム
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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