妻に放射線障害を打ち明けたことと息子の癌(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)1962年に結婚を決めた時—1962年ですからあなたが生まれるずっと前のことですね—私は妻に、放射線を浴びた過去について話しました。放射線障害があるので、長生きできないかもしれないと妻に伝えました。でも結局は妻をだますことになりましたね。まだ生きていますから。それで私たちは、自分たちの子供に問題が生じる可能性について話し合いました。

私の3つのトラウマについてはお話しました。被爆体験、横川への帰郷、3つ目は米国に帰国した時のことで、これもトラウマになりました。4つ目は、私たちが結婚した後に起こりました。私たちは3人の子供を持ちました。女の子が2人と男の子が1人です。一番上が男の子で、5歳の時に癌で亡くなりました。その原因は放射能なのか、何か別のことなのか、私は医師に「どう思いますか?」といつも尋ねるのですが、「息子さんの死との相関関係はありません」と言われました。

私には、素晴らしい2人の娘がいます。2人とも50歳近いか、1人はもう50歳を越えていると思います。そして孫が4人、男女それぞれ2人ずついます。みんなとても健康そうなので、息子の死は偶然で、私が被爆していなくても起きていたことなのかもしれません。

日付: 2019年9月3日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: 三木 昌子
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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