家族は収容所の後シーブルック農場へ(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)ニュージャージーのシーブルックという人が私たちの身元保証人になりました。シーブルックは大規模な農企業で、シーブルック氏は当時まだ存命で、労働者を求めていました。1万人の労働者のうち、日系人は大人と子どもを併せて100人くらいだったと思います。私の母と父はシーブルック農場で働き、私たちはまだ小さかったので親元で暮らしていました。時給は50セントくらいだったと思います。10人で1つの班を作り、小さな量りがあったのですが、それはまさに想像通りの(昔風の)量りで、およそ半ブッシェル(約17.6リットル)の豆を運んできてその上に乗せ、それが20ポンド(約9キロ)になるとパンチで穴を1つ空けてもらえました。穴が1つで20セントかいくらかになりました。一日の終わりには、摘むのが速い人は穴が100個くらいになりました。

日付: 2017年9月15日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジェニファー・クール
Contributed by: ジェニファー・クール、マシュー・ピュリフォイ

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