戦時転住局(WRA)写真班に参加(英語)

写真との出会い(英語) 戦時転住局(WRA)写真班に参加(英語) WRAでの撮影の自由(英語) サンノゼへの帰還(英語) 米国南部を訪れる(英語) プロとしてのキャリア(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)初めは収容所の病院で雑用係りとして少し働いていました。X線検査部門に空きができ、病院の各部署で後任を募っていました。僕はこの仕事であれば少しは写真と関われるかもしれないと思いました。採用され、レントゲン写真の撮り方を覚えました。ここでは半年くらい働いたと思います。

この頃、僕は『ハートマウンテン・センチネル』という収容所新聞を発行している人たちと仲良くなりました。その中の1人がビル・ホソカワで、新聞の責任者だったヴォン・マーコという人もいました。僕はここに少しだけ出入りしていました。

ある日、WRAカメラマンのトム・パーカーとチャーリー・メースがハートマウンテンに来ました。2人は収容所各地を撮影して回っていたのです。そしてデンバーの現像所のラボで現像技師ができる人を探しているとヴォン・マーコに伝えました。僕が採用されることになり、ハートマウンテンからWRAの現像所のあるデンバーに移りました。WRAの国内唯一の現像所は、ワシントンDCではなくデンバーにあったのです。僕は現像技師として働くことになりました。

日付: 2009年12月3日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

heart mountain photography World War II WRA

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