(英語)学校に通い始めると、私はもうアメリカ人でした。国旗に対する忠誠を誓いましたし、完全にアメリカ人でした。明らかな日本人らしさというのは、主に父親側にありました。私たちはよくサンノゼにある教会に行きました。それが私たちの信仰でした。たとえ孤立したコミュニティの中で農場を経営していたとしても、私たちはアメリカ人でした。私は小学校で友人を作りましたが、何かを一緒にやるというようなことはありませんでした。私はいつも働いていましたから。
でも、サクラメントにいたときは別でした。自分が唯一アメリカ人でないと感じる時は、サクラメントに行った時でした。偏見や差別がたくさんありました。本当に甚だしく、奇妙だと当時感じました。同じ地で生まれたのに、変だと思いました。私はアメリカ人のように見えなかったので、自分が異なっていることは知っていました。しかし、そのコミュニティに混ざってしまえば、受け入れられたように感じるでしょう。黒人やメキシコ人のコミュニティなど色々ありましたから。しかし、私たちは突然完全な異邦人になってしまいました。外国人だったのです。
日付: 2012年6月29日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: クリス・コマイ、ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター