インタビュー
日米文化会館との関わり(英語)
(英語)数年前に日米文化会館の委員を辞めました。これからは、若者や新しいビジョンのある人たちが関わっていくべきと考えたからです。私は、20年以上前から委員を務めていました。この活動に関わるようになったのは、——ええと、実は、委員になる前に、元夫が展示のキュレーションをしたことがきっかけでした。イサム・ノグチの灯りを扱ったかなり初期の展示で、開催した頃、娘はまだとても小さかったですね。展示の設営作業やいろいろなことをやるうちに、視覚芸術部門のトップだった、若いマイルス・クボさんと知り合いました。私が関わるようになったのは、その頃からです。 私は、日本文化との関わりは、広くコミュニティのために重要だと考えていましたし、今でもそう思います。でも、特に私の娘に、日本の文化的な感覚を身につけて欲しいと思いました。私は、日本文化、つまり伝統文化には、豊かさと深み、広い包容力があると感じています。
日付: 2012年7月10日
場所: 米国、カリフォルニア州
インタビュアー: ローレンス・ラン
提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター; Japanese American Bar Association