羅府新報を始めた父

日本人病院への思い出 (英語・日本語) 日本人病院の閉鎖 (英語・日本語) 若さの秘訣 羅府新報を始めた父

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

私の父、渋谷清次郎は1901にアメリカに来ました。始めはサンフランシスコに来て、本当の目的はペンシルベニアの大学でエコノミクス(経済学)をメイジャー(専攻)したい。そういう目的でアメリカに来て、でもサンフランシスコで新日米新聞社ですか、なんかね、新聞社で働くようになって。そして1903年にロサンゼルスに来たんです。そして、ロサンゼルスにサンフランシスコ(新聞社)の支社、ブランチをオープンしたけれど、何か友達と相談して、新聞をここでパブリッシュ(発行)しましょうということになって、1903に始めたそうなんですよ。その時に同じ新潟県の人と、それからもう一人、3人で羅府新報を始めたんだそうです。

日付: 2010年2月3日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: エイコ・マスヤマ、キャロル・フジタ、西村 陽子
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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