海を渡った日本の教育
第3回 大正小学校②根川 幸男 大正小学校をはじめ、戦前のブラジル日系教育機関の最盛期は1930年代である。コンデの坂下からサン・ジョアキン通りに移転した大正小学校は、次第に学校としての機能を充実させていった。
第2回 大正小学校①根川幸男 坂の多いサンパウロの中心部に、ブラジルの日本人にとって特別な坂がある。
汗をふきふきその急坂を上り下りしていると、中年の男が声をかけて通り過ぎていった。昼間でもこの辺りは物騒である。「こんなところで日本人がウロウロしていると危ないよ」と、親切で言ってくれているのはわかるが、私はよっぽどその男の背中に、声をかけ返そうかと思った。
第1回 はじめに根川幸男 私たち人間の生活において、教育はもっとも基本的な営みの一つである。教育する/教育されるという行為は、衣食住とともに、人間生活に深く結びついていると言える。それゆえ、地域や集団によって、ことばや文化を異にするように、教育にもまたさまざまな様式・地域性が生み出されてきた。
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