海を渡った日本の教育

海を渡った日本の教育 - 第3回 大正小学校②

Enviado por editor el Thu, 01/01/2009 - 10:30

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第3回 大正小学校②

根川 幸男

大正小学校をはじめ、戦前のブラジル日系教育機関の最盛期は1930年代である。コンデの坂下からサン・ジョアキン通りに移転した大正小学校は、次第に学校としての機能を充実させていった。


    

海を渡った日本の教育 - 第2回 大正小学校①

Enviado por editor el Thu, 12/04/2008 - 18:57

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第2回 大正小学校①

根川幸男

坂の多いサンパウロの中心部に、ブラジルの日本人にとって特別な坂がある。

    「おいジャポネース(日本人)、気をつけなよ。この辺りはドロボーばっかりだよ」

汗をふきふきその急坂を上り下りしていると、中年の男が声をかけて通り過ぎていった。昼間でもこの辺りは物騒である。「こんなところで日本人がウロウロしていると危ないよ」と、親切で言ってくれているのはわかるが、私はよっぽどその男の背中に、声をかけ返そうかと思った。


    

海を渡った日本の教育 - 第1回 はじめに

Enviado por editor el Thu, 09/18/2008 - 09:59

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第1回 はじめに

根川幸男

私たち人間の生活において、教育はもっとも基本的な営みの一つである。教育する/教育されるという行為は、衣食住とともに、人間生活に深く結びついていると言える。それゆえ、地域や集団によって、ことばや文化を異にするように、教育にもまたさまざまな様式・地域性が生み出されてきた。


    
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