ニッケイがいた街

ターミナルアイランド、西南地区、そしてベニス。ロサンゼルス近郊の「かつては日系人の居住区だったエリア」を訪ね、往事の模様を証言者に聞くシリーズ。

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第3回(後編) ターミナル・アイランド

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ターミナル・アイランド生まれ、サンペドロ育ち、和歌山にルーツを持つ日系二世の藤内稔さんは13歳から16歳まで収容所で過ごした。サンタアニータを経由し、コロラド州アマチで終戦を迎えた一家は、1945年9月にロサンゼルスに帰って来た。しかし、藤内さんの故郷、ターミナル・アイランドには何も残されていなかった。日本人同士が再度集まることがないようにと、米国政府がすべての日本人漁師たちの施設を破壊し、撤収したのだ。

職替えを余儀なくされた漁師たち

一世たちは自分の船を持てず、漁業のライセンスも取り上げられた。ターミナル・アイランドで戦前、栄華を極めた日本人漁師たちは、戦後、職替えして庭師になったり、商店に雇われたりするようになった。

「息子が軍隊に入っていた一世たちは ...

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第3回(前編) ターミナル・アイランド

ある土曜日の午後、私はサンペドロ方面に車を走らせていた。ハーバー・フリーウェイの終点の少し手前の分岐点で、緑色のヴィンセントトマス橋の方へと進む。昨年の夏に有名な映画監督が飛び降り自殺をしたこの橋は、水面下からかなりの高さがあり、ロサンゼルス港を眼下に見下ろせる。進行方向右手にはターミナル・アイランドが広がっている。ここは戦前、3000人もの日系一世と二世が暮らす漁師村だった。

戦争が始まると、彼らは強制的に収容所に送られた。今では、2002年に海沿いに建てられた記念碑だけが唯一の名残である。記念碑に掲げられた写真が、往時の小学校の様子、神社、街並み、漁師の姿を伝えてくれる。彼らはどこから来て、子孫たちは今どうしているのか…。それを知るために、ターミナル ...

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第2回 ベニス

かつてはロサンゼルス日系社会の中心であったにもかかわらず、ワッツ暴動の後に潮が引くように日系人の人口が激減してしまった西南地区。続いて訪れたベニスは、この西南地区とはかなり様相が異なる。なぜなら、現在もコミュニティーセンターや本願寺を中心とした日系コミュニティーが確実に形成されているからだ。往時に比べて人口が減少したことは事実だが、今もこのエリアにおける日系の団結力は強い。その秘密を、生まれてからほとんどの年月をここで過ごして来たペリー・ミヤケさんに聞いた。

収容所から戻って来た日系人たち

ミヤケさんは2011年に発行されたベニス・ジャパニーズ・コミュニティーセンター88周年記念の書籍編纂の中心人物である。「21世紀のマンザナー」という小説を上梓した作家としての顔も持つ。

記念書籍の紹介文に、彼はベニスのことを次のように著している。「我々は(皆が想像するイメージの)ベニスにはいない。ここははるか内陸にあり、周囲にビーチはなく、ボードウォークもなければ観光客もいない ...

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第1回(後編) ロサンゼルス西南地区(クレンショー・ディストリクト)

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一体、西南地区の日系人はどうしてどこに消えてしまったのか? その問いに、西南シニアセンターのプレジデントである柴邦雄さんが答えてくれた。

「私が思うに、ワッツの暴動が一つのきっかけになったように思います。あの暴動は街がまるごとなくなってしまうほど激しいものでした。最近の人は、暴動と言うと、1992年に起こったロサンゼルス暴動を思い浮かべるようですが、ワッツとはまったく規模が違う」

ワッツ暴動とは、1965年に西南地区にも近いワッツ市(現在はロサンゼルス市に吸収)を中心に数日間にわたって続いたアフリカ系による暴動だ。きっかけは蛇行運転していたアフリカ系男性を白人警官が逮捕したこと。その光景を見守っていたアフリカ系住民が普段から警官に対して抱えていた不満を一気に爆発させた。事態は州兵を導入して鎮圧する事態にまで発展した。

柴さんは、しかし、ワッツ暴動が日系人のエリアからの流出の1つのきっかけになったとは言え、日系人は被害を受けていないと証言する。

「私がなぜ、ここに今まで残っているか ...

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第1回(前編) ロサンゼルス西南地区(クレンショー・ディストリクト)

ある時、友人からデジタルカメラに残った写真を見せられた。海辺の陽光を背にして建つ鳥居。「これ、どこだと思う?(ロサンゼルス郊外の)サンペドロとロングビーチの間にあるターミナルアイランド。あそこには昔、日本人の街があったんだってね。この鳥居はその名残なんだって」

ターミナルアイランドのことは聞いたことがある。戦前、和歌山県から移民して来た漁師たちの街がそこにあり、小学校まであったそうだが、今はもう日本人だけでなく、人が住む場所ではない。

今、ロサンゼルス近辺に居住する日系人や日本人の多くは、ガーデナやトーランスがあるサウスベイと呼ばれる地域、また南のオレンジ・カウンティではアーバインやコスタメサのある辺りに集中しているようだ。しかし、これはずっと昔からそうだったわけではなく、どこか別の街から日系人が流入した結果でもある。

友人が見せてくれた写真をきっかけに私の中に ...

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