限りなく遠かった出会い

1934年19歳で単身ブラジルに移住し、81歳にブラジルで他界した父が書き残した日記や、祖父一家の体験話などをもとに、彼らのたどった旅路を、サンパウロ新聞のコラム「読者ルーム」に連載した(2003年4月~2005年8月)。そしてそのコラムをまとめ、「限りなく遠かった出会い」として、2005年に出版した。このシリーズでは、そのいくつかのエピソードを紹介する。

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古いフィルム(1) 歴史的政治転換期

あるきっかけから61年前の古いフィルムが私の手元に届いた。父が亡くなる前に古物を預けていた友人から、父が他界して数年後、私に届けられたものであった。

思いもしなかった映像に目を見張った。歯の技工士の仕事を辞めてパラナ州に移転した父が、1948年に州政府と共に企画した植民地の開拓事業に関わる記録映像であった。旧方式の35ミリのセルロイド製フィルムだったので、燃えやすい為シネマテッカ・ブラジレイラに保管してもらうことにしたが、そこの幹部の方達も映像を見て目を白黒させていた。それは、父が一生を賭けたパラナ州のドウラードス植民地の開拓事業のシーンや当時の映画館で上映されたさまざまなニュースクリップが含まれたものだった。

中でも目を引いたのが、1952年のゼツリオ・バルガス大統領の就任式だった。群衆の盛り上りはその当時の政治の活気さをあらわしていた。また、日系人主催の農産物展示会のイベントも映像も気になった。アデマ―ル・デ・バーロス・サンパウロ州知事がヘリコプターから下り、出迎えの現地の農産物生産者達 ...

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父の日記(2) 横山家の思い出

81歳で他界した父は、神戸港を1933年2月に出航したありぞな丸で、移民として19歳の時、一人で来伯した。その父の古い日記帳をめくっていたら「船中思い出」と言う題で、1940年11月23日に書かれたページに目が止まった。従ってこの日記は、父が来伯後7年目に書いたものだった。以下はその日記帳から抜粋した内容である。

ある日、アマゾーナスで働いていたその人が、歯の治療のため、私を尋ねてきた。当然、アリゾナ丸の船中知り合って、あの地域へ行った方たちの行方について聞いてみた。聞かされたことは私を呆然とさせ、気が遠くなるような意外なことであった。

横山氏。その人の話によれば、彼氏の奥様は、アマゾーナスのあの強烈なマラリアに襲われて、日本から現地に来て ...

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父の日記(1) あの時、私は…

その当時、父はサントスで歯の技工士の仕事をしていた。28歳で独身の身であった。後に、ある白人歯医者の名義を借りて正規ではなかったが、歯医者として開業をした。その頃の苦しい生活や失敗談、お世話になった方達のこと、サントスでの楽しい独身生活、華やかなカシーノでの遊びなどが、古い日記に書かれてある。開戦の6ヶ月前、父は神保と言う知人の紹介で、後に私の母となる敏子と知り合った。日記には、真珠湾の襲撃をはさんで、母との恋愛中の甘い想いなどが書かれてある。

1941年12月7日午後6時(伯国時間)、次のように書かれてある。

「帝国日本は、英米對戦の火蓋を切る。十二月八日午後七時より、十一時までラヂオにカジリツイテ、祖国の宣戦を聞く ...

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おタネはん

私が初めてPIZZA を食べた時、こんなに美味いものがこの世にあるのかと思った。住んでいた北パラナーではその縁が無かった。田舎者で7歳の子供であった私が、初めてサンパウロに来た時「PIZZA は珍しいだろう」といって、父母が古くから世話になっていた「おタネさん」が取り寄せてくれたのであった。

おタネさんは、1920年代からサンパウロ市のタバチンゲーラ街に「東洋ホテル」を経営していた。西野氏と結婚するまでの姓は「岩尾」だった。世話好きで良く知られた人であった。

初めてPIZZA をご馳走になった頃は、右足が少し不自由で肥り目の女将さんであった印象が残っている。その頃「東洋ホテル ...

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黄金の日々

遠い昔の思い出と言うものは心に残り、又、その時を体験したもの同士が、それを語り合う時には何とも言えない満足感に満ちた一時がそこに漂い、見ている人もそれに感激することがたびたびある。私が、亡母(84)と伯母春子(92)、叔母澄子(80)の話を聞き、それを書き残す事にしてから、何度かそんな経験をしたことがある。それは叔母の澄子が話を切り出し、非常に席が盛り上がった時の事であった。

1936年ごろ、サンパウロ近郊のサント・アンドレーが舞台である。当時、父、宇一(53)を長とする奥村家は ...

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