ブラジル国、ニッポン村だより

ブラジルサンパウロ州奥地の小さな町の日系社会。そこに暮らす人びとの生活ぶりや思いを、ブラジル日本人移民の歴史を織り交ぜながら、15回に分けて紹介するコラムです。

migration ja

移住地に来た理由

移住地に暮らした人びとが、そもそも日本を出ることになった理由はさまざまだ。

ブラジルに来ることを決めたいきさつを話してくれるKYさんの脳裏には、ある映像が鮮明に蘇るようだ。

KYさんの故郷は山の中にあった。村人の暮らしは山とともにあるといってよいようなところだった。KYさん一家の生業も山仕事だったから、仕事をする年齢になったら山に入るものだと思いながら成長した。そのことに抵抗があるわけでもなく、疑問を感じたこともなかった。

ここでこのまま大人になるのはなんとも気がすすまないと感じるようになったのは、十代半ばを過ぎた頃だったという。きっかけは、学校帰りにしばしば遭遇するようになったある光景だった。

通学路に山の入り口が...

lea más

community ja

ブラジルのなかの日本人移住地のなかのブラジル人

いくら日本人移住地だとはいってもブラジル人が一切住んでいなかったわけではない。少ないときでも人口の1割程度はブラジル人が占めていた。とはいっても、それはやはり異常な数字には違いないが。

ブラジルでは、いつも北の方からサンパウロ方面に向けた労働者の移動があるようだ。それは時々、はっきりした理由があって大きな流れになるが、どうやらサンパウロに行けばいいことがあるらしい、という程度の漠然とした期待感が北の人たちにはわけもたれているらしい。

ATさんが子供のころ、一家はやはり北の町からサンパウロを目指して出発した。その途中、もうすぐサンパウロに到着するという段になって、一足先に 来ていた親戚から、自分がいま住んでいる町に来れ...

lea más

sports ja

移住地野球の風景

ブラジルといえばサッカー(ブラジルではフチボーラという)だ、という印象を多くの日本人は持っているだろう。ブラジル人は一人の例外もなくサッ カーをやっていると信じられていて、路地裏でぼろぼろになったボールを追いかける子供たちのいる風景が自然と頭に浮かんでくる。もちろん実際のブラジルで は、サッカー以外のスポーツも盛んで、バレーボールやハンドボール人口もそうとうなものだ。

日系人はあまりサッカーをやらないグループのようだ。「サッカーとサンバはジャポネスにはやらせるな」などというひどい言い方まであるそうだが、そ ういえばサッカーボールをける日系人の姿はあまり見かけないように思う。ではいったい日系人に人気の高いスポーツは何な...

lea más

education ja

日本人移住地の話(3)― ブラジル人教師と生徒たち

学校生活にまつわる話にはまだいろいろ面白いものがある。前回で終わりにするには惜しいのでもう少し続けよう。

日本の尋常小学校教育だけが行われていた時代が幕を閉じると、州政府からようやく正式に教師たちが派遣され、ブラジルの教育がはじまった。その後ブ ラジルのナショナリズム運動が盛んになって、尋常小学校教育どころか日本語を使った教育は一切できなくなるわけだが、それまでの一時期は尋常小学校とブラ ジルの小学校が共存することになった。移住地の子供たちは、ふたつの学校に通わなければならなくなった。祖国日本の子供たちに比べると、その頃の移住地の 子供たちはずいぶんと忙しかったことだろう。もっとも学校で過ごす時間がそんな風に長かった...

lea más

education ja

日本人移住地の話(2)― 学校生活

前回集合写真を紹介した移住地の小学校は、移住地に最初の住民がやってきてからほんの数年で完成している(日本人移住地の話(1)―どっちを向いても日本人より)。当時としては壮麗といってもよいぐらいの立派な建物で、ちょうど向いあわせの位置に建てられた病院と並んで、移住地のシンボルになった。

この学校で行われたのは、「日本の尋常小学校と同じ教育」だったと移民の歴史の本には書かれている。

実際、授業の大半は、日本人教師が、日本語を使って、日本から取り寄せた教科書で教えていた。ポルトガル語の教師としてブラジル人を何度か呼んだけれどもいつかなかったのだという。

「ブラジルに来ているのにねえ、今から思えばまったくおかしな話よね」と卒業...

lea más