アンデスを超えたニッポン人

歩いてアンデス山脈を超え、アマゾン源流をカヌーで下りボリビアに入国。寒さと暑さの両極端による病気やジャングルの猛獣に怯えながらの地獄の旅であり、この旅をした人々は後に「ペルー下り」と呼ばれた。100人ほどの「ペルー下り」が、ボリビアのリベラルタに漂着した当時、その人口は3000人に満たなかった。それから100年が経過したいま、10万人を超える街になった。

このコラムでは、JICA隊員によるブログ「アンデスを越えたニッポン人」に紹介されたリベラルタの日系人の話を紹介します。

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リベラルタのニッポン人 (1) -近野 房江-

ボリビアのリベラルタ移民について調べるにつれ、リベラルタにかけられた希望やそれを叶える為の途方もない苦労が、涙ながらにお話を聞かせて下さった一世の方々からも窺えました。上手く文章に出来なかったのがもどかしいですが、リベラルタ移民が残した辛苦の足跡が紛れも無くボリビア日本人移住の歴史の道に繋がっている事をより多くの方に知って頂ければ幸いです。

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84歳。熊本県出身。

1936年、祖父の呼び寄せによりリベラルタへ。
父(一男)、母(ハツヨ)、姉、フサエさんを含め4人姉妹で入る。当時9歳。

ブラジルで6ヶ月を過ごし、列車でカチュエラエスペランサへ。
そこから船でリベラルタにはいる。ブラジル滞在中マラリアにかかるが一命は取り留める。
牧場の経営が出来ると聞いて来たのに、騙されたと思った。

着いた当時、「街はどこか」と尋ねたら ...

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