Keiko Fukuda

Keiko Fukuda: Oriunda de la prefectura de Oita, egresada de la Universidad Internacional Cristina. Trabajó para una editorial de revista informativa en Tokio. En 1992 viajó a los Estados Unidos y trabajó como jefe de edición en una revista dedicada a la comunidad japonesa durante 11 años. Es freelance desde 2003 y actualmente escribe artículos para revistas focalizándose en entrevistas a personalidades. Publicó junto a otros escritores “Nihon ni Umarete” (nacido en Japón), Editorial Hankyu Communications.

Última actualización febrero de 2008

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日本人社会とデトロイト現地社会をつなぐ元駐在員、大光敬史さん

アメリカの自動車産業の中心地、ミシガン州デトロイト地域には、駐在員を中心に一大日本人コミュニティが形成されている。ここに日本人コミュニティと地元社会をつなげるため日本文化を紹介する活動に従事している元駐在員がいる。大光敬史さんだ。

アイシン精機出身の大光さんは1979年にデトロイトに赴任、主に技術開発と研究所の運営に携わった後、2018年6月の引退後も帰国せず、現地に残る道を選択した。できる限り長くアメリカで暮らし続けたいと語る大光さんは、2016年に創設されたJapan Cultural Development(以下JCD)という団体の主幹として活動を牽引する立場だ。JCDは、デトロイト日本商工会(JBSD)から派生した団体。自動車産業の衰退と同時に廃れた街の復興に日系企業が役立とうと、デトロイト美術館(DIA)を舞台に、伝統芸能や工芸をはじめとする日本文化を披露、時にデトロイトの地域住民に実体験してもらう催しを企画 ...

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1990年渡米、沖縄料理店経営するバーガス真弓さん

20歳で米軍人と結婚

沖縄料理の店はビジネスとしては成功しないというジンクスを破って、2018年の12月で開店8周年を迎え、盛業を続けているのがロサンゼルス郊外オレンジ郡のタスティンにある沖縄食堂ハブ家。開店の3カ月後にロサンゼルスタイムス紙に「隠れ家的日本料理の名店」として紹介されたのがきっかけとなり、人種問わず、多くの常連客で賑わうようになった。

店内には、常連客が沖縄旅行の土産として持ち込んだ置物や、オーナー、バーガス真弓さんがアーティストとしての一面を発揮した手書きのメニューなどが所狭しとディスプレイされている。真弓さんは沖縄県与那原町の出身。「兄と弟の真ん中で、小さい時はやんちゃな感じでした。男っぽい性格。英語も好きで、カルチャー、ファッションとなんでもアメリカに憧れていました」。そして二十歳でアメリカの軍人と結婚、21歳の時に夫の異動に伴い、ペンドルトン基地に移ってきた。しかし、湾岸戦争の最中だった当時 ...

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沖縄出身者のネットワーク作りに生涯捧げた金城武男さんを偲ぶ

インターネットがない時代に

2018年10月20日、北米沖縄県人会の会長も務めた「五大洲」の発行人、金城武男さんがロサンゼルス市内の自宅で亡くなった。享年96歳。

金城さんには二度取材させていただく機会があった。一度目は、在米日本語雑誌のフロントラインに「アメリカの中の沖縄」という特集記事の取材をした際だった。アメリカで活躍している新旧世代の沖縄出身者数人を人選していた時、同じく元の北米沖縄県人会長の当銘由洋さんに「金城武男さんは絶対に取材するべきだ」と強く薦められ、話を聞くことにした。

待ち合わせ場所はウエストロサンゼルスにあるショッピングモールのフードコート。そこに日に焼けた顔が印象的な80歳くらいの小柄な男性が当銘さんと一緒に現れた。新聞の発行人で県人会長を務めた方だと聞いて構えていたのだが、金城さんのなんとも素朴で飾らない雰囲気に、いい意味で期待を裏切られたような気がしたものだ。

取材を始めると、率直でユーモアに溢れる語り口にすぐに引き込まれた。その素朴さは ...

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1984年渡米、レストラングループ率いる上地勝也さん

現在、全米にパートナー企業と共同経営するレストランを含めると25店を展開している、日本料理のシェフであり起業家の上地勝也さん。今や業界関係者は言うまでもなく、カツヤ・ブランドの店を通じて彼の名前はアメリカに浸透している。

2018年10月には有名シェフを一堂に集めて開催されるラスベガス・フード・アンド・ワイン・フェスティバルのヘッドライン・シェフに選出された。勝也さんは同フェスティバルでマグロの解体ショーをプロデュース。和太鼓が響き渡り観客の期待が高まる中に登場し、260パウンドもの巨大なマグロを解体、刺身と寿司に切り分け、長蛇の列に並んだ人々に振る舞った。


ロッキー・青木の自伝に啓発

勝也さんは1959年、沖縄の宮古島に生まれた。両親は那覇市で食堂を経営していた。勝也少年はいつしか警察官に憧れるようになったが、「高校時代の悪さが過ぎて卒業できなくなりました。警察官の夢は諦めて東京へ ...

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「この存在を埋もれさせてはいけない」一心で書籍化された小児園の本

ロサンゼルスにかつて存在した「小児園」

2017年9月、私が所属する南加大分県人会の創立100周年記念式典が、ロサンゼルス郊外で100名近い参加者を集めて盛大に開催された。その時の特別ゲストの一人に、ミコ・ヘンソンさんという女性がいた。彼女は大分県出身者ではない。その年に日本で出版されたばかりの「六市と安子の小児園」という本の書籍化に尽力された女性で、その楠本六市の生まれ故郷が大分県宇佐市だった。

六市は戦前、ロサンゼルス市内に孤児たちを受け入れて世話をする小児園を運営していたという。非常に興味を駆り立てられたが、忙しさにかまけて記念式典から時は過ぎた。そして2018年の9月に大分県人会長のジーン會田さんが、私にその本を渡したいという旨のヘンソンさんからのメールを転送してくれた。私にとっては大変ありがたい話で、メールをもらった週の水曜にヘンソンさんの自宅に伺い、その日のうちに「六市と安子の小児園」を読み終えた。

九州から大阪に出た六市は ...

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