The North American Post

The North American Post is a Japanese newspaper published in Seattle, Washington. As the oldest Japanese newspaper, it widely covers the nikkei community in the Northwest region. Currently it's published weekly as a bilingual newspaper in Japanese and English. A Japanese magazine Soy Source is its sister paper. 

Updated December 2014

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一世が聞いた曲、日本町を音楽で包む

日系人も世代が変わり、自身のルーツに対する表現方法も変わりつつある。芸術を通じ、先祖が歩んだ道を現代、未来に伝える。四世のポール・キクチさん(37)もその1人だ。 1世紀を超えた日系移民史のなかで残されてきた多くの資料。写真、書類、日記など公式なものからプライベートなものまで、数多くが博物館や関連施設などに保存されている。現在まで研究者たちの調査、あるいは日系団体、個人によるプロジェクトを通じ、さまざまな題材をテーマに日系人の歴史保存活動が続けられてきている。 これまでは出版、ドキュメンタリー、デジタルメディアなどが発表の主流だった。四世、五世世代に差し掛かり、そうした史実保存から一歩進み、芸術など表現方法を変えた形で自身のルーツが表現され始めている。さまざまな分野へキャリアを広げた四世ら新しい世代の試みといえる。 市内大学のArt Institute of Seattleで指導しながら音楽活動も続けるキクチさんは、曽祖父の遺品をもとに自身のルーツをたどるプロジェクトを進めている。ウェブサイトでの資料紹介に加え、中心となるのが音楽制作だ。 「四世世代は自分たちの経験をより芸術方面で表現し始めている実感があります。自然なもので世代の進化といえるかもしれません」とキクチさんは笑みを浮かべる。 曽祖父の善吉さん(1880 - 1965)は岩手出身。農業の見識があり、1...

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Archaeological Study Maps Japanese Immigrant History in Bainbridge Island

In 150 years of Japanese immigrant history, the early time stories have rarely been discussed except for World War II or post-war activities. An archaeological research team in Kitsap County has recently been uncovering an early Japanese sawmill village on Bainbridge Island for its historic preservation. Olympic College, Bainbridge Island Historical Museum, and Kitsap County Historical Society tagged for the historical research of the Japanese village “Yama,” which existed from 1883 to 1920s in the Port Blakely Mill complex. Along with other immigrant populations including H...

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対談: 「日本」を見つめる日系人と日本人留学生 ~後編

米国で育ち、教育を受けた日系人と、日本教育で育ち、米国でカルチャーショックを受けた日本人留学生。彼らの共通の関心事、「日本」に関する意見交換、座談会を企画した。前回からの続き。 日本の世界における影響力についてどう思いますか? ジョン・オカモト(以下オカモト):日本は長い停滞期を経て、現在は「ほの暗い」状態なのではないでしょうか。日本は新しい世界における自身の場所をまだ探し続けているように思えます。 過去10年で、首相が何度も変わりました。世界は製造業の経済から情報技術の世界へと変化しました。多くの組織が、知力が求められるこの時代で自分たちの強みを探してきました。 どんな国でも転換することは容易ではありません。しかし、日本はまだまだ世界で大きな経済力を持っており、また有能な技術者、技術力を生かすことができます。日本の人々は、中国の経済成長と比べて、日本が力を失ったことに落胆しています。中国は国のサイズ、天然資源共にとても大きいのです。そこまで落胆することはないと思います。日本は素晴らしい国です。 近藤康介(以下近藤):日本はまだまだ素晴らしい国だと思います。しかし、もし私たちが考えと行動を変えることができなかった場合、下降していくでしょう。素晴らしい国だと言えなくなってしまう。私たちは日本の未来を考えるべきです。日本の未来を思うと心配ですが、落胆はしていませ...

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対談: 「日本」を見つめる日系人と日本人留学生 ~前編

カリフォルニアロールのように異色のものが出会った時、何かが生まれる。それらは世の中の新しい常識を生み出し、世界は動かさないとしても、誰かの人生を大きく変えるものかもしれない。日系人と日本人留学生の出会いはそのひとつではないだろうか。米国で育ち、教育を受けた日系人と、日本教育で育ち、米国でカルチャーショックを受けた日本人留学生。彼らの共通の関心事、「日本」について意見交換をしてもらった。 日本と米国の違いについて  ジョン・オカモト(以下オカモト):日本はよく似た人、価値観、言葉、養育法によって構成されていると思います。一方、米国はより良い生活を求めて様々な国からやってきた人により成り立っています。文化、異なるバックグラウンド、価値観、宗教が混ざり合った所です。また私たち自身または家族の財産を増やそうという共通の関心事によって発展してきました。これが2国の大きな違いではないでしょうか。 米国は、様々な人がミックスされた国であるため、共通の目的を再確認することに一生懸命に取り組まなければなりません。また、人種、経済階層等に関する葛藤も存在します。 日本は、類似したバックグラウンド、言葉、育ってきた環境、一般的には宗教伝統を持つ人々により構成されているので、米国に比べて共通の考え、慣行があります。ビジネス面でいうと、日本の認識・慣行・価値観により、外部からやってき...

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日系人との交流: 日本を知ってもらうために ~河野太郎衆議院議員~

三菱商事特別講演シリーズの講師として当地を訪れた河野太郎衆議院議員。訪問の合間には親交を深めている地元日系人関係者とも懇談した。米国の日系社会との交流は長く、2000年に始まった日系人リーダーと日本の橋渡しを目的とする「日系人リーダーシップ使節団(JALD)」では、日本側で受け入れ役を担い参加者との交流を深めている。長年続ける日系人との交流について話を聞いてみた。 * * * * * 河野議員と日系人の友好の始まりは。 中学校1年の時に米国に初めて来たんですが、その時は父のスタンフォード大時代の教授のところでサマーステイさせてもらいました。その帰りにロサンゼルスで当時、ヤマトという日本食レストランがあって、そこに日系人の石崎さんというご夫妻によく世話になりました。 日系人ですが日本語をあまり話されない。いろいろな話を聞いているうちに日系人の歴史を習いました。戦時中の強制収容の話やロサンゼルスで活躍している日系人の話などを聞くうち、なんとなく誇らしく、また全く知らなかったこともあり、興味を持ちました。 国会議員になってからロサンゼルスの総領事に河野雅治元外務審議官がなられて、今のJALDプログラムをやった方が良いと父と話が出て、私に話がきたわけです。 毎年JALDのメンバーとは(東京で)夕食を食べてカラオケに行って、それからロサンゼルスの二世パレードへ呼んでもら...

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