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「フローズン」「タングルド」のCGアーティスト、糸数弘樹さん ~ その1

ロサンゼルス郊外の自宅で

美術教師を目指していた

現在8年生の娘が小学生の頃、ディズニーのアニメ映画が公開されると決まって一緒に映画館に見に行っていた。その中で彼女が一番夢中になったのが「タングルド(塔の上のラプンツェル)」だ。そして、映画館で初見した時にエンドロールに日本人の名前が登場して、その瞬間感動したことを今でも覚えている。しかし、そのことはしばらく忘れていた。

その後、「フローズン(アナと雪の女王)」が大ヒットし、2013年度のアカデミー賞では長編アニメ映画部門で受賞。この映画に、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ所属のモデラーとして携わっていたのが、1962年沖縄県久米島生まれのCG(コンピュータグラフィックス)アーティストであり、現在はCGのオンラインスクールの校長を務める糸数弘樹さんだ。糸数さんにこの記事を書くための取材で会った時に、「タングルド」では主人公のラプンツェルのキャラクターを彼がモデリング(立体制作)したことを知らされ、スクリーンで名前を見た本人だと確信し、感動の記憶が甦った。

しかし、ハリウッドのCGアーティストとして輝かしい実績を持っているにもかかわらず、糸数さん自身は非常に柔らかな雰囲気をまとう謙虚な人だった。久米島で過ごした子ども時代について最初に質問すると「田舎だったので自然の中でのびのびと過ごしました。学校が終わったら、海に行ったり山に行ったり。プラモデルで遊ぶとか、アニメに接するようなことはなかったですね。玩具も、自分で竹馬や竹とんぼを作って遊んでいました。わりと器用だったんです」と答えた。

将来は中学の美術教師をめざそうと、県内の国立大学、琉球大学の美術工芸科に進学。ところが在学中に、アメリカのプロダクトデザイン(工業デザイン)への興味が芽生えた。目指すは琉球大学の教授が推薦してくれた、工業デザインではトップのアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン。ロサンゼルス郊外のパサデナにキャンパスがある。

「当時は留学が流行っていて、アメリカには親戚もいるし、工業デザインの本場に自分も行って学びたいと思うようになりました。行けば何とかなるだろう、と。琉球大学を卒業後の24歳の時に渡米。最初はルイジアナ工科大学で、アートセンターに入るためのTOEFLのスコアを上げる目的で、英語の勉強を始めました。なぜルイジアナだったか?授業料が安かったからです。カルチャーギャップは寮のトイレのドアがなかったこと。トイレのドアもなければシャワーのドアもない。オープンなんです。聞けば、学生が中で麻薬を隠れてやらないように、ということだったらしいです。それ以外は、ハンバーガーなどの食べ物ももともと好きだったし、ギャップはなかったですね」

ルイジアナで1年過ごしたが、TOEFLのスコアは期待ほど上がらなかった。そこで2年目はアラバマのガズデンコミュニティーカレッジに移り、学んだ。「当時はバブルということもあって、南部の小さな街のカレッジにも日本人留学生が大勢いました。実はその時に、香川県出身の今の妻と出会ったのです」


ラスベガスで2万ドル大当たり

アラバマでの2年目もTOEFLの目標の数値には達しなかった。そこで3年目はアートセンターに近いロサンゼルスに場所を移し、寿司屋でアルバイトをしながら独学で英語の勉強に取り組んだ。

「その時点で留学費用はそこをつきました。それでもなかなか英語のスコアが伸びない、もう先がないという状況に追いつめられました。親からも『帰ってこい』と言われ、自分でも沖縄に帰って中学の美術教師になろう、とあきらめかけた時、その後の運命を変える出来事が起こりました」

アルバイトを終えて向かったラスベガス。夜中の3時頃に1ドル50セントの軍資金をスロットマシーンに投じた結果、何と2万ドルの当たりが出たのだ。

「当時のレートで言うと300万円くらいです。やった!これで授業料がまかなえる、と思いました。2万ドル当たったからと言って、それを無駄遣いしようなどとはまったく思いませんでしたね。今は超高額になっていますが、当時のアートセンターの学費は今の10分の1ほどでしたから」

さらにTOEFLのスコアもぎりぎりで入学条件レベルに達し、晴れて憧れのアートセンターの学生となった糸数さん。「それでも、あの大学はレベルが高いので、最初に夜間の3カ月のクラスを受講してから、やっと正式な学生になれました。そして、琉球大学での取得単位を生かし、3年で卒業しました」

アートセンター在学時代に印象的だったのは、一流の講師陣や学習内容のレベルの高さだけでなく、学生たちの意識の高さだったと振り返る。「自分たちのことを、単なる美術大学の学生としてだけでなく、既にアーティストであると認識して、作品に取り組んでいました」

そこで必修科目として習得したCGに関心を覚えた糸数さんは、卒業後、まだCGアーティストが少なかった映画業界に足を踏み入れた。1993年、ワーナーブラザーズに見習いとして採用されたのだ。

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© 2016 Keiko Fukuda

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