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オハヨウ・ボンディア II

わたしも欲しい、日本の生地!

9月21日、ディスカバー・ニッケイに掲載されたミア・ナカジ・モニエさんのストーリーを読んで、とても感動しました。ミアさんが日本の生地専門店をみつけ、お母様と一緒にそこのソーイング教室に通い、ふたりでいろいろな物を作っていると読んだとたん、私と母の人生が重なりました。「あぁ、私たちにもこのような時があったわ」と、懐かしく振り返りました。

自作のドレスを着た母(左)と伯母(右)

母はサンパウロ州の農家に生まれ育ちました。貧しい生活にも拘わらず、子供の頃からいろいろなアイディアを実行し、毎日を楽しんでいました。例えば、古着をほどいてエプロンや帽子や小物入れを作ったり、トウモロコシの皮で弟たちのぞうりを編んだりしていました。私と違い子供の頃からとても器用だった母は、不器用な私に洋裁を教える気はなかったようです。

しかし、1964年、母の勧めで、私は高校の帰りにブラジル人の先生のもとで洋裁を習い始めることになりました。しかし、私は全然興味を持てず、母も「やっぱりブラジル人の教え方は違うので面白くないならやめなさい」と言ってくれたので、すぐに止めてしまいました。

それから10数年たった1980年代、そんな私にも裁縫好きになるある出会いがありました。サンパウロに在住の日本人の方が、日本の生地専門店を紹介してくれたのです。日本の企業が多いJardinsという地域にあったその店は、ブラジル人や日系人にはあまり知られておらず、お客さんのほとんどは日本の商社マンの奥さんたちでした。

行ってみると、大感激!私の気に入った柄や彩りの生地ばかりで、まるで、宝物をみつけた気分でした。店員の話によると、ある日本の企業がブラジルに工場を建て、コットン100%の生地を作って世界中に輸出していたとのことです。そして、店に出す生地はその輸出品の「残り」だと。「残り」と言っても、十分な反物でした。

日本の生地に出会って喜んでいる私を見た母は、「仕方だないね。じゃ、スカートから始めようか」と、私に裁縫を一から教えてくれました。人生で一番楽しい授業でもありました。以来、母に教えてもらいながら洋服作りを楽しむようになりました。

当時の私は、国語とブラジル文学の教師を務め、多忙な毎日でしたが、休日には早起きして一日中ミシンに向っていました。お陰で、気が付くとクローゼットは自作の洋服であふれていました。ドレス、ブラウス、スカート、パンツ、シャツなど、全部コットン100%で、ブラジルの気候にふさわしいものでした。

「その服、どこで買ったの?」「それって、日本製?」と、同僚や友人によく聞かれました。「マジ?あなたの作品?!」「いいよね。好きなものが作れるから」「もし、着なくなったら、わたしにゆずってね」などなど、話が弾むようになりました。

日本の生地専門店との出会いから約10年間、私はその店に足を運び、いろいろな生地を買って数え切れないほどの洋服を作りました。私はそんなに器用ではありませんが、日本の生地の良さを活かしたい、時間をかけてでも完成したいと、一生懸命でした。

自分にだけでなく、友人にも作ってプレゼントしたことも何度もありました。

残念ながら、写真には残っていませんが、作った洋服のひとつひとつを今でもよく覚えています。どういう柄で、どのように作り上げたのか。そして家族の反応も。父は淡いブルーのツーピースを見て、「涼しそう!」と言ってくれましたが、ちょっと派手なピンクのブレザーを作ったときは「今、そんなのが流行っているのか?」と、心配顔で尋ねてきました。

母も私の作品に満足してくれたようで「よくできたね」と、時々褒めてくれました。

2005年にユザワヤで購入した生地で作ったもの

私に洋裁の楽しさを教えてくれた母は、26年前に亡くなってしまいました。そして、サンパウロでたった一軒しかない日本の生地専門店も、10数年前に姿を消しました。それっきり、日本の生地を扱う店は存在しません。

しかし、今でも私は洋服作りを楽しんでいます。ただ、難しいのは気に入った生地を手にすることです。なぜなら、生地専門店の数がますます少なくなっていくからです。

来年の秋には日本に遊びに行くつもりです。そして、ユザワヤへ行って山ほどの生地を手にしたい。待ち遠しいなぁ! 

注釈:

1. 服地を多数扱う日本の店

 

© 2016 Laura Honda-Hasegawa

Brazil family sewing

Sobre esta serie

小さいころ、わたしは日本語とポルトガル語を混ぜて話していました。小学校に入ると、自然に日本語とポルトガル語を区別するようになり、ポルトガル語で文書を書くのが楽しみになりました。60年後の今は、ポルトガル語と日本語の両方で書くのが一番の楽しみとなっています。このシリーズを通して、いろいろなテーマの話をお届けできればと思います。朝のさわやかな挨拶のように、皆さんに届きますように。

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