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レビュー:BIG DRUM - Taiko in the United States (2005)

去年の12月、San Jose Taikoの主要メンバーと京都で会う機会があった。予想通り、とても魅力的な人たちであった。この魅力はどこから来るのか。単なる個人の性格の問題ではない。その魅力は、彼らが、Taikoという楽器の演奏者(Player)であると同時に、Taikoを集団で演奏することにより、自分たち自身のリズムを作り出し、自分たちが楽しみ、そして聴衆をも楽しませる術(すべ)を知っていることから来る魅力なのかもしれない。Taikoを含む打楽器のビートには、人種や民族や世代を越えて、私たちの気持ちを高揚させるなにかがある。

この映画は、米国におけるTaiko音楽を歴史的、文化的視野から記録した秀作である。プロ、アマを含めて100とも200とも言われる米国のTaikoグループは、それぞれの個性を保持しつつ、既に「日系」というエスニシティーを越え、地域を越えて急速に普及発展し、思いも寄らぬ独創性を発揮している。その流れと現在の状況がこのDVDで確認できる。それぞれのグループのリーダーがインタビューに応じているが、どの人も生き生きと話しているのが印象的だ。

70年代から始まる米国でのTaikoの歴史は長くはない。しかし、日本でも、和太鼓を和太鼓だけで独立させ、音楽として演奏し見せることが始まったのは、太平洋戦争の後になってからのことだ。北米だけでなく世界中のTaikoに影響を与えた「鼓童」の前身の「鬼太鼓座」が出来たのが1970年だから、まだ40年しか経っていない。日本の「太鼓音楽」は案外新しいのである。(『入門日本の太鼓』茂木仁史<平凡社新書>2003)

なお、鼓童のスタイルは、日本の和太鼓の伝統から離脱した場で編み出された独創的なものだが、鼓童の米国公演を宣伝する際、今でも”Samurai”という言葉が使われるのは皮肉である。 

米国本土のTaikoは、60~70年代の、アジア系アメリカ人による異議申し立ての社会並びに文化運動や、それに続くリドレス・キャンペーンなどに触発された、日系というエスニシティーにこだわりを持つ若い三世を中心に展開した。しかし、この映画で、ジョニー・モリ(Kinnara Taiko, Hiroshima)が笑いながら話しているように、自分たちにはお手本にする確かなものは全くなく、どこかで聞いた和太鼓を真似したり、日本のグループと交流を持つ中から、手作り感覚でTaiko音楽を作り上げたという。それは自分たちの自分たちらしさを見つける旅でもあり、アイデンティティが深く投影された対抗文化運動の一種だとも言えよう。日本で和太鼓を学んだサンフランシスコ太鼓道場の田中誠一からは、「君たちのやっているのはドラムであり太鼓ではない」と批判されたというが、ワイン樽を改造して作った太鼓は、もはや太鼓ではなく、Big Drumと呼んだほうが正解なのである。

もうひとつ、米国のTaikoで特筆すべきなのは女性の多さだ。「日系女性はおとなしくて従順で慎み深い」というステレオ・タイプがあるが、三世や四世の世代になっても、この種の文化的社会的役割としての性別(Gender)は、彼女たちにとって、なにかしらの抑圧となって働いていた。従って、日系三世や四世女性がTaikoを叩き踊ることは、音を出すという行為以上の解放感をともなう、前記のようなステレオ・タイプを内側から壊す試みでもあった。たとえば、私の知る範囲でも、San Jose Taiko出身の女性Taiko奏者が、脱退後も活動の場を拡げているのは、Taikoが日系女性をEmpowerした結果だろう。なお、日本の和太鼓グループにも女性は増えているが、米国ほどの比率ではない。

本土だけではない。ハワイのTaikoもそのユニークさを押し出している。この映画でも、マウイ島のいかにもハワイらしい風情とTaikoの響きが捉えられている。マウイ島だけで4つのTaikoグループがあると「ゼンシン・タイコ」(マウイ)の主催者であるバレリー・ジョーンズが個人的に教えてくれた。ハワイのTaikoは地元の仏教寺院と深いつながりがあり、盆踊りとともに発展してきたが、今は、沖縄の音楽からの影響も受けており、日系アメリカ人のTaikoではない、アイランド・スタイルのTaikoが形作られている。この映画は、ハワイの動きにまで丁寧に目配りしており、Taiko文化の幅広さと奥行きがわかるように編集されている。このような作品は過去にはなかった。制作者の態度と努力に敬意を表したい。

特典映像のひとつでは、鼓童の主要メンバーが米国での体験を素直に語っている。日系のTaikoグループが笑顔で楽しそうにタイコを叩いているのを見て、違和感を覚えながらも、「こんな方法もあるのか!」と感心したり、「僕も20歳を過ぎてから初めてタイコを始めた。それまではアメリカナイズされた文化の中で育ったので、伝統文化も和太鼓のことも何も知らなかった。だから、日本人とはいっても、僕たちも日系人の皆さんと変わらない」と話すメンバーが出てくるが、これは本音だろう。

実際、評者も含め、伝統文化としての和太鼓のことを、どれほどの日本人が知っているかというと、極めて心もとない。しかし、心配はいらない。誰でも受け入れるのが、流派や家元制度の枠組みを持つ日本の和太鼓界とは違う、米国のTaikoの自由奔放さなのだから。

米国で、和太鼓がTaikoとなり、新たな意味が付け加わることで、日系アメリカ人の音楽となり、今では、日系というエスニシティーを越え、西海岸という地域性をも越えて根付き、茎葉を伸ばし、花を咲かせている。南米の日系社会でもTaikoは定番だ。

しかし、このTaikoにまつわる文化現象を、「移民とともに海を渡った日本の音楽が彼の地でどうなったか」という歴史的/地理的な文脈で考えるだけでは物足りない。また、仏教寺院との関係を重視しすぎても本質は見えてこない。日本から移住先の国へ、という、紋切型で一方通行的な「文化の伝搬」ではない場所から、文化的な流動性があった特定の時代と空間から、Taikoは生まれたことこそ、Taikoが持つ普遍性を示していると私は考えている。

日本人が、日本から遠く離れた国で、日系人が守る、あるいは関わる「日本的な習慣や文化」を見るとき、そこに、なにかしらの「日本の残照」を発見しようとし、意味づけを試みることがあるけれども、そのような近視眼的な解釈は、かえって異文化理解のさまたげになることが多い。この作品は、そういう日本人にとって、一種の解毒剤になりうるし、また、米国における多民族・多文化のあり方の一端に触れることができるドキュメンタリーとして、特に、若い世代の日本人に見てほしいと思う。

最後に、限られた収録時間で、Taikoをまんべんなく把握するためか、日本語字幕があっても、一度見ただけでは覚えられないほど情報量が多い。米国のTaikoになじみのない皆さんには、何度か繰り返して鑑賞することをお勧めしたい。横浜の海外移住資料館では無料の上映会が開催されているが、評判は良いようだ。

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編者注:BIG DRUM - Taiko in the United States (2005) (『アメリカの和太鼓』)は全米日系人博物館の特別展の一環として作られたドキュメンタリーです。Big Drum: Taiko in the United StatesのDVD(英語のみ)については、ミュージーアムストアーをご利用ください。

© 2011 Minoru Kanda

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