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二つの国の視点から

アケミ・キクムラ=ヤノ ~ ミクロとマクロの視点で日系人史を再構築する人類学者-その3

>>その2

父の教えを受け継いで

キクムラが自分史を完結させるためには、父、三郎のことも書く必要があった。三郎は1953年、アケミが9歳のときに不慮の事故で亡くなっていたため、母のときのように本人からの聞き書きができず、彼の周囲にいた人たち、すなわち、母、兄妹、日本の親類などから話を聞く必要があった。そのため、三郎のことをまとめた『Promises Kept(守られた約束)』を完成させるのに、一作目の『Through Harsh Winters』から10年を要した。守られた約束とは何だったのか、若干ミステリーでも読むような気持ちでこの本を読み始めた。

『Promises Kept』

聞き取り調査のうち、彼女にとって、とりわけ長男、ケンジが難題だった。年が17歳も離れていることに加え、三郎が亡くなってからはケンジが家庭の中で家父長的な役割を果たしていたため、怖くて子どもの時からまともに口を聞いたことがなかったからである。

しかし、この聞き書きによって、長年緊張関係にあった兄妹関係が打ち解けはじめた。アケミの研究は、母だけでなく、兄妹関係にも大きな影響を及ぼしたのである。

三郎は博打に身を任せていたが、子どもへの躾は人一倍厳しかった。良くも悪しくも、日本の伝統的価値観を叩き込んだ。また、苦労は買ってでもさせろ、というのが子どもへの方針だった。たとえば、学校の帰りに大雨が降れば、他の親は子どもを迎えにいったが、三郎は決して行かず、雨の中、学校から家までの5 キロの道のりを歩かせる親だった。

三郎は亡くなる直前、「北米毎日新聞」のコンテストに応募し、採用されている。自分の趣味と、人生において重要なことを書きなさい、という趣旨の文章を募集したものだったが、本人は掲載されたことを知らず、あの世に旅立っている。掲載された三郎の文章は次のようなものだった。

明朗 行儀正しく養育すること
銘酒一本 釣りを
相互了解 団結一致
義務を守り
一般社会に 融合すべし

父を理解するため、アケミはこの文章を幾度となく読んだ。趣味の酒と釣りを含めて前半はわかる。でも、後半がわからなかった。三郎は家庭ではまったく逆のことをしていたからである。ケンジによれば、そんな矛盾を三郎は自身で嫌悪していた。また、一旗上げて故郷に錦を飾ることができない自分に失望していた。

厳しい躾のため、子どもたちは皆父を恐れ、中には嫌う者もいたが、亡くなってからは彼の教えに感謝し、自分の子どもにも同様の躾をすることがあるという。たとえばお金について三郎は子どもたちにこう教えた。

「貧乏であることを恥じてはならない。お金は社会で一番大切なものではない。大事なのは、力と勇気である」

アメリカ社会でマイノリティとして生きていくことについては、協調性や観察力を持つこと、また、攻撃的にならない程度の自己主張をする必要性を説いた。

日系3世の子どもを持つアケミにとって、父のこの教えは大切なものだった。アケミにはグレッグという長男がいるが、学校でいじめられ、日系人としての誇りをなかなか持てずにいる。彼女は時間をかけて、日系人であることがどういうことなのか、父の教えをもとに息子に伝えようとしている。

三郎の薫陶は主に夕食時に授けられた。

「身に着けるものは非常に大切だ。就職の際、面接でいい加減な格好をしていたら、いくらすばらしい人物であってもだらしなく思われる」

「人の言うことをよく聞きなさい。でもそれを盲目的に受け入れてはならない。用心しなさい。語られない言葉、隠された動機を読み取りなさい。表情を読み取って相手の一歩先をいきなさい。相手の声の調子に耳を傾け、顔の表情を観察し、何を喜ぶかに注意しなさい。そして自分が話す番がきたら、ちゃんと自己主張しなさい。自分が考えていることを伝え、相手の目を見なさい」

「常に他人に感謝の気持ちを持ちなさい。他人から学べること、他人からしてもらったことに感謝しなさい。人に好かれるようにしなさい」

などなど。そして、本の最後は、母千枝と父三郎の架空の会話で締めくくられている。

「子どもたちにはよかったかな?」
「何が?」
「おれの教えだよ」
「そりゃよかったですよ」
「あいつらも俺の言葉の価値がいつかわかる。俺はずっとそう思っていたよ。皆、元気でやっているかい?」
「ええ、11人とも元気ですよ」
「物質的な富は残せなかったけれど……」
「教えを残してくれたでしょ。ケンジはそのほうが価値があると言っているわよ。絶対に失われるものではないから。毎日の生活にいかせるものですから」
「ケンジがそう言ったのかい? 他にケンジはなんて言ってた?」
「ケンジが言えないこともあって、私は今でもわからないの」
「たとえば?」
「日本でのあなたの生活。あなたの家族やあなたのお父さん」
「あいつめ! 子どもたちは家族の大切さ、暖かさがいつもわかっているはずだ。それは俺が約束したこと。それから、子どもを捨てて他人に育ててもらったりはしない。それも俺が約束したこと。ケンジはそのことをお前に話さなかったのかい?」
「もちろん、それは話してくれたわよ。約束は守られました。あなたは私たちのことを決して見捨てなかったし、今でも私たちと一緒にいるんです」

アケミは今、千枝と三郎の子であることを誇りに思っている。

続く>>

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 のコラムシリーズ『二つの国の視点から』第6回目からの転載です。

© 2009 Association Press and Tatsuya Sudo

akemi kikumura yano anthropologist

Sobre esta serie

海外に住む日系人は約300万人、そのうち在米日系人は約100万人といわれる。19世紀後半からはじまった在米日系人はその歴史のなかで、あるときは二国間の関係に翻弄されながらも二つの文化を通して、日系という独自の視点をもつようになった。そうした日本とアメリカの狭間で生きてきた彼らから私たちはなにを学ぶことができるだろうか。彼らが持つ二つの国の視点によって見えてくる、新たな世界観を探る。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。