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新二世のアイデンティティー: 補習校か、日本語学校か?

私の子供たちはアメリカ生まれの二世である。私と私の夫は日本生まれの日本人。そんな日本語を第一言語とする我が家の長男が最初に通った学校は、ロサンゼルス郊外のトーランスにある日系の幼稚園だった。この幼稚園では英語は一切使わず、徹底した日本式の幼児教育を行っている。1年後、3歳になった息子は英語のプレスクールにデビューした。当時、英語はゼロの状態だったが、何とかプレキンダーガーテン、キンダーガーテンと進級し、地元レドンドビーチ市の公立小学校の1年生になった。今から5年前のことである。

さて、この段階で、日本語教育に関する選択肢が生まれた。ロサンゼルス近郊には、日本人と日系人の人口に比例するように、数多くの日本語教育機関がある。駐在員の子弟が日本に帰国した時に困らないように全教科を日本語で学ぶのが、日本語補習校。ただし、現在は生徒の半数以上が永住家庭の子女である。日本語だけを学ぶことを目的に授業を行っているのが日本語学校。両親共、もしくは片方が日本語を話さない日系人や国際結婚の家庭の子供が多い。最近は「日本語を身に付けておけば将来の選択肢が広がる」からと、日系以外の子供も通っているようだ。

さらに、補習校の上を行くのが全日制日本人学校。ここは補習校の生徒が平日は現地校に通うのに対して、現地校には一切通わない日本人の子供が、月曜から金曜まで日本語で日本の教科を学ぶ学校である。アメリカ国籍である長男は、既に現地校に通っていたので、日本語教育の選択肢としてこの全日制日本人学校は検討の対象外だった。

さて、補習校と日本語学校、どちらにすればいいのか?迷う私がアドバイスを求めた時に、日本語の情報誌に育児エッセイを書いている友人がこんなことを言った。彼女の夫も日本人。子供たちはアメリカ育ちである。「日本語学校は日系人の子供たちが多く、自分はアメリカ人であるという意識を持っている。うちの子供たちのアイデンティティーとは異なる。彼らは日系アメリカ人ではなく日本人なの。だから、日本語を学ぶのではなく、日本語で日本の教科を学ぶ補習校に進むのが当然の流れ」、そう彼女は言った。同じような環境の友人の言葉には説得力があった。さらに最初からハードルを下げて日本語だけを習っていると、挫折した時にもう行く場所がない。だったら、最初は頑張っても補習校に通わせて、難しくなった時に日本語学校に転校すればいいのではないか、と言う思いで、最終的に、長男はトーランスにある補習校に入学した。

さて、個人的な体験談が長くなったが、私が言いたいのは、アメリカで育つ日本人家庭の子供たちの日本語教育機関を選択する時、ほとんどの親は悩んでいるはずだということである。何を決め手にして、補習校か日本語学校を決めるのか。多くの人の体験談や専門家の意見を聞きたいと思いながら、いつまでも悩んでいるわけにはいかず、えいやっと決断してどちらかに決めてしまう。そんな5年前の私が出会っていたら、隅から隅まで参考にさせてもらっただろうと思える本が出版された。佐藤郡衛、片岡裕子編著による「アメリカで育つ日本の子どもたち バイリンガルの光と影」である。全米各地の日本語教育の現状と、子供たち自身の意識と日本語能力について調査した結果をまとめたものである。

特に印象的だったのは、子供たちのアイデンティティーに関する調査結果である。日本語補習校の生徒の中でも、補習校に肯定的な子供は日本人であるという意識が強い。一方、「なぜ、自分が補習校に通っているのだろう」と否定的な子供は、アメリカ人であるという意識が強い。さらに、家庭で親と日本語を話す子供は、より日本人であるというアイデンティティーが強いようである。親に「日本人なんだから日本語を話しなさい」と繰り返し言われることによって、本人の潜在意識に「自分は日本人なのだ」という刷り込みが行われていると本の中では分析されている。そう言えば思い当たることがある。友人の一人は、夫も彼女自身も日本生まれであるにもかかわらず、子供たちは英語しか話さない。補習校にも日本語学校にも通っていず、アメリカ生活が長い母親は子供たちと英語で話している。きっと、友人の子供は「自分は日本人だ」と思っていないのではないだろうか。

我が家の長男は、自分のことを「日本人」だと強く認識している。結果的には補習校を3年生の時に退学(息子の名誉のために言っておくと、挫折ではなく、学校の安全に対する考え方が納得いかなかったことが原因である)、1年のブランクを経て、この春に日本語教育の舞台を仏教系の日本語学校に変えて再び通い始めた。補習校に通っていた息子からすれば、「日本語学校の授業は嘘みたいに簡単」だそうである。しかし、何事も続けることに意味がある。タズナを緩めたり締めたりしながら、日本語を家庭でも学校でも諦めてほしくない。そして、日本人の母として同じような思いを持つ、「アメリカで育つ日本の子どもたち」の編著者、片岡裕子さんに話を聞く機会があった。そのレポートは次回、詳しくお届けする。

>>「アメリカで育つ日本の子どもたち」-編著者 片岡裕子さんに聞く-

© 2008 Keiko Fukuda

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